退職代行は、何を変えたのか?:六本木法律事務所 竹内 瑞穂氏

退職代行は、何を変えたのか?:六本木法律事務所 竹内 瑞穂氏

事務所名:

六本木法律事務所

代表者:

吉村 健一郎

事務所エリア:

東京都港区六本木

開業年:

1973年

従業員数:

弁護士3名

URL:

https://roppongi-law.jp/ 退職代行サービスURL:https://taisyoku-daikou.com/

Q.退職代行の現状をどう認識しているか?

「退職代行というビジネスが話題になり始めたのは3〜4年くらい前でしょうか。当時は電話をかけたら怒鳴られてしまうなど、取り継いでもらうこと自体が大変でしたね。今ではだいぶ認知されていると思います。

利用者の傾向としては、できるだけ安く済ませたいという発想の方と、高くても手堅くいきたいという方に分かれるようです。サービスが世間的に知られるようになった今では、まず安く提供している所に頼んで、断られたら高い方へ行くという方も多いように思います。

競合の事情には明るくないのですが、数千円程度で依頼できてしまう所もあるようですね。この価格帯ですと、弁護士ではない民間業者がサービスを提供しているケースが多く、中には弁護士法違反にあたる非弁業者も多いように思います。そう言った非弁業者が提供するサービスの実態は把握しておりませんが、本当に通知するのみの代行業で、それによってトラブルが起きてしまったというご相談をいただくケースもあります。他方、弁護士が代理人として活動している場合は、費用は掛かりますが、交渉を含めて退職手続き全般の代理業務を行うことになります。」

Q.退職代行を行っている企業・士業事務所の特徴や思うところは?

「他の事務所さんが具体的にどのようにされているのは分かりませんが、やはり弁護士へ依頼するほうが圧倒的に高品質なのは確かですね、全てをお任せしていただけますし、全てに責任を持たないといけませんので。弁護士が取り扱う業務の中では恐らく比較的簡易な手続きで、訴訟に発展することも少なく、金額的にも安価なほうではありますが、だからといって弁護士としての責任が軽くなる訳ではありませんので、1件1件は訴訟に発展する可能性の高い案件と同様、丁寧に対応しています。

一方で、先ほど例に出したような代行事業者の数千円のサービスであれば、月に何十件、何百件と対応しなければ事業として成り立ちませんので、とにかく数を捌くという風になりがちなのか、風聞の限りではなかなかアフターケアが行き届かないという差はあるようですね。

他士業さんの場合は代理人こそ出来ませんが、手を抜くという発想はないという認識のもとに運営されていると私は信じています。業際の危険がある領域をちゃんとケアされながら手続きをなさっているのか、たまに疑わしいケースがありますし、会社側から予想外の反応が来て放り出されてしまうというケースもゼロではないようですが、弁護士が対応しているケースでもそういうアドバイスをするんだなと思うようなことはありますので。」

Q.退職代行サービスを始めた背景や思いは?

「私はもともと特許事務所で出願業務をしていて、実は今でも一番詳しいのは特許出願関連かもしれない、と申し上げると言い過ぎでしょうか(笑)。その当時に小澤先生が関係していた会社さんが特許出願をされたご縁で、退職関係のことを担当させてもらったことが始まりです。小澤先生の熱意に共感して、それが今も続いているという経緯ですね。

ご自身の著書にも書かれているのでお話しても大丈夫だと思いますが、小澤先生はお身内のことで、辞めたいというひとことが言えないばかりに悲しい選択をしてしまうということが耐え難く、それに対して甘えという心ない評価をしてしまう無理解な世情も何とかしたいというお気持ちで始められたと理解しています。私は中学生からの友人ですし、身近でその思いを強く感じましたので一緒にやっていこうと決めました。元々は小澤先生が他の先生と立ち上げられたサービスでしたが、その方は事情があって業務から離れるということで私が新たなパートナーとして入った感じです。

最初は電話しただけでこんなに怒鳴られるんだ、と驚きもありましたね。人事部などへ連絡した場合は割とスムーズなのですが、小さめの会社ですと場合によっては弁護士であることを疑われたり、本人を出さないと認めないぞという感じで、代理人はある意味で怒鳴られることも仕事の一つではあるのですが、ここまで怒鳴られるのもちょっと久しぶりだなと。受話器を耳が痛まない距離まで少しずつ離していきながら、あ、まだ聞こえるなと確認しつつ、そういうお考えもあるかと思いますが後で正式な書面が届きますので、と伝えて終話するような感じでした(笑)。

今ではもう電話をかけるまでもなく、内容証明を送ると”巷で流行りの退職代行か”という感じでスマートに受け取っていただけるので、1つの退職ルートとして認知が広まっているなと感じます。3年前とは全然違いますね。退職代行が世の中に知られるようになった最初の頃は、マスコミさんが凄く批判的に取り上げていたと思いますが、逆に報道で認知が徹底されて”来たら仕方がない”という雰囲気を作ったとも言えそうです。

退職なんてそれほど難しくないのに、という方もいらっしゃいますが、会社が定めた手順として本人が辞めるということを上長から上へ伝えずに預かりという形で慰留されてしまったり、上長に握りつぶされてしまうようなこともありますので、こうした場合はやはりご本人が押し通すということが難しいのかもしれません。弁護士でなくとも士業であれば、恐らく皆さん上長でなく法務部や人事部へダイレクトに連絡すると思うのですが、そうすると当該部署は粛々と手続きをするだけですので、退職そのものに現場との温度差があるように思います。

一般的には退職代行というと、丸投げでご本人は何もしないというイメージなのかもしれませんが、実際にはメンタルが強い方であれば出社を続けながら手続きを進めることもできますし、絶対に無理ですということでしたら有給を使っていただいたり、試してみて途中で出社しないなど、どのようにでも選んでいただけます。最後はもうお休みを取って辞めるという方のほうが多いですが、出社して辞める方も少なくはなく、後者は弁護士から書面が来たらぴたっと嫌味などが止まりましたというような形で、弁護士を代理人につけるメリットはあるようです。」

Q.退職代行サービスを始めたことでわかったことや得られた成果は?

「意外なことではないのですけれど、始めた時にはこのサービスを使って良いものか迷っている方が沢山いらしたと思います。元々がだいぶお疲れで心が弱っている状態ですので、こんなものを使ってしまって自分はダメな人間なんですというところからスタートされている方が圧倒的に多く、極端な話としては自殺しようと思って調べていたら退職代行に行き着いたんですということもありました。

今ではそこまで追い詰められる前に使ってくださる方も多いかなと思います。追い詰められる必要はないと思いますので、その一歩手前で辞めるという判断に至っているのは良い傾向なのではないでしょうか。

社員に対して嫌がらせをしているような会社が存在することは事実なのですが、特に悪気なく慰留している会社もやはりあって、退職届を出す時に”勿体ないから頑張ってみては”という反応が返ってくることもあります。その場だけ外部に対して印象よく振る舞っているだけなのかもしれませんが、お話するとそうでもなく本当に悪意のない社長さんもいらっしゃいますので、きちんとコミュニケーションが成立していれば変わるのにな、辞めるほどのことにはならないのにな、ということは凄く感じるんですよね。

もちろんパワハラやセクハラそれ自体は弁護士として許してはいけないと思っていて、間違いなくそれが前提ではあるのですが、そうしたことを気にしすぎて萎縮してしまい話しかけられない、できるだけ固い言葉でメールだけにしておくなど、逆に”ここだけの話”というような上手く丸めた表現をし辛い環境になっているのかな、とも感じています。

ですから、ある意味で飲み会も大事だったんだろうなと思うことはありますね。ただ、仲が良いと思っているのが自分だけなのか皆もそうなのか判らないというのが退職代行をしている時の怖さで、周囲に良い顔をし過ぎて辞めると言い出せないけど本当はずっと嫌だったんです、という方もやはりいらっしゃいます。何が正解なのかは分かりませんが、今の環境や仕事に不満があるとしたら気軽に、もっとラフに言えるような下地があれば良いのになぁとは思いますね。

全面的に会社の環境が悪いというよりは、給与さえ高ければ多少は我慢できることでも耐え難いというような不景気ゆえの背景もあるでしょうし、個別の問題でも本当に会社側が原因なんだろうかというケースも中にはあるんだと思います。昔のように人員を余分にとって成長にリソースを割けるような経営上の余裕もなく、採用は基本的に補填ばかりでずっと現場は人手不足、そのように考えると会社にも事情はあると理解できますが、現実的には会社が時代のほうに合わせていかざるを得ない面があるでしょうし、経営のスタンスを明確にしてトラブルを防ぐということになるんでしょうね。」

Q.退職代行業務が始まったことによる、社員や会社の変化は?

「先ほどお話した例のように会社はもう退職代行に慣れてきているようで、特に大きな会社では恐らくもう処理システムというのか、対応プロセスが出来上がっているんだろうなと思うくらいスムーズです。規模が大きいと社員数も多いので退職代行の経験が1回や2回ではないようで、先週も対応しましたなんて担当者の方に言われることもあり、それは凄く大きな変化だと感じています。

あくまで個人的な感想ですし、この表現が適切なのかどうか悩む所ですが、辞めるほうも少しカジュアルになってきたのかなという気がしますね。ご本人としては悩んだ末の決定ですので、そこに軽重はないと思いますが、生きるか死ぬかで退職代行を選んでいるという方は減ったのかなという印象です。もしかしたら”軽く言ったほうが格好良く聞こえる”と思いがちな現代思考なのかもしれませんし、スキルアップを目指していると言いつつも、現職では評価されていないためにこれ以上のスキルアップが望めないという悩みから来ているものなのかもしれず、本心は解らないものではありますが。

また、前向きな退職が増えたようにも感じています。最初の就職活動では不採用だったものの、改めて中途採用の募集をしているのを見つけてチャレンジしたら採用してもらえたので、今の会社を辞めたい気持ちもある一方で恩義も愛着もあるので悩んでいる、という方もいらっしゃるんですよ。ですから、弁護士に万単位のお金を払わなくても、あなたの精神的なエネルギーがあれば問題なく自力で退職できるのではないでしょうか、と思うような方も沢山おられます。

逆に、こうした前向きな方は会社に慰留されるという心配を凄くしてしまいますね。会社から評価されていないという認識は多分なくて、次が決まっているのに辞められなかったり、慰留されているのを断るのが辛いという別の悩みが生じてしまうのは、大きな違いなのかなと思います。

やはり弁護士へ依頼するとなると誰の目にも揉める要素があったり、ご本人が弁護士でなければ無理なケースだという認識をお持ちですので、実際に結構クセが強いなという会社が多い傾向にありますね。具体的には自宅に押しかけて何度もチャイムを鳴らしてみたり、損害賠償を請求すると宣言してくるといった感じです。ただ、実際にお金を請求するのであれば士業へ何かしらの相談をするでしょうから、そこで無理ですよという話に落ち着きますので訴訟へは発展しないと思いますが、社員の退職を全く受け入れられない会社があるのは確かです。」

Q.これから退職代行業務はどのようなっていくのか?

「私は元々、減っていくんじゃないかなって思っていたんですよ。退職代行サービスを使うことで慰留しても辞められてしまう、社員が辞めたいと言えば辞めさせなければいけないんだな、という認識が広まれば、このサービスは減ると思っていたのですが、横須賀さんから、SNSで広く浅く繋がっていてどんな意見でも何かしら肯定してもらえて自分を正当化しやすいという現代の環境下では、減らないのかもしれないというご意見を伺って、確かにそうかもしれないと少し思い始めています。会社との関係性を構築しないまま、自分にも悪い所がなかったのかと反芻する時間を持たないとすれば、会社と社員だけで退職手続きが完結せずに、代行を使って間接的に退職したいという社員側のニーズは減らないのかもしれません。

また、今もリピーターさんがいらっしゃらない訳ではありませんし、転職しながらキャリアアップすることは日本でも普通になっていますから、転職の数だけ代行を利用する機会が増えるということはあるのかもしれません。ただ、アメリカのように転職によるキャリアアップが主流というレベルにまでなると、会社も体制としてその流れに追いついていくでしょうし、そうなると辞める時に現在のような面倒な手続きは必要なくなるという気もします。

むしろ日本の場合は解雇が難しく、会社側からすると辞めて欲しいのに居座られて困っているというケースが考えられますから、今までより少し冷たく対応することで退職代行に駆け込んでくれるかもしれないという期待はあるのかもしれませんね。」

Q.これから生き残っていける士業事務所の条件とは?

「士業にはお客さんの希望に添えない範疇のことが沢山ある訳で、そこはうまく距離を維持しないといけないんだろうなと。特に弁護士は勝つという結果を保証しろと言われがちなのですが、決まったサービスを定価で保証するという土台には乗り切れないところがありますよね。そこは医療の治療に近いというか、バランスが難しいなと思います。

私自身は頑固親父みたいな弁護士になりたいです、頼んだ以上は任せてくれよって。もちろんお話はお聞きしますが、その上で依頼者の希望が最適とは思えないときには忖度せずに正直にそれを伝えるというのが我々の仕事だと思うんですよね。法的に見てリスクが高い、言っても良いけど通らない話なので諦めておきましょう、そういうことを判断できるように専門知識を身につけている筈で、依頼者の言うことに対して”そうですね”と流されて動くことが仕事ではないと考えています。

今それをしていると頭が固いですとか、話の通じない女性弁護士と言われてしまうこともあるとは思いますが、それに負けずに頑固者を貫きたいなと思いますけれどもね。」

竹内 瑞穂 プロフィール

退職代行(退職手続きの代理)、知的財産、医療過誤訴訟等の専門的分野の取扱を行えることを特徴として、分野を限定せずに幅広い弁護士活動をしている。退職代行業務との出合いは、学生の頃からの友人である小澤亜季子弁護士からの誘い。時代とともに「退職」の選択肢が身近になってきた一方で、退職はなるべくするべきではないという価値観も根強く持ち、退職代行には、退職を選択したい社員と退職せずに会社に留まってほしい会社の間の橋渡しをする役割があると考えている。コミック『さよならブラック企業』(少年画報社刊)の監修も務めている。