相続業務におけるデジタル遺品の現在と未来:デジタル遺品を考える会 古田雄介氏

相続業務におけるデジタル遺品の現在と未来:デジタル遺品を考える会 古田雄介氏

事務所名:

デジタル遺品を考える会

代表者:

古田雄介(ジャーナリスト)

事務所エリア:

開業年:

従業員数:

Q.デジタル遺品全般に関する現状の考えや認識は?

「過渡期ということで、整備が不十分というのが現状ですね。ネット銀行やネット証券などのお金関係は先行して色々な取り組みが始まっていますが、電子マネーなどは未整備の部分も多く、あまり進んでいるとは言えません。

サブスクリプションや、ここ1〜2年で知られるようになった暗号資産やNFTとなると、輪をかけて大変な状況です。整備しながらも新しいものが次々に出てくるので、どうしても対応が後手に回っていると感じますね。

とはいえNFTに関しては、暗号資産とブロックチェーンなどの共通要素があるため、まだ応用が利く訳です。ただし今後は、そういった従来資産のノウハウが全く通用しないような資産が生まれる可能性もあります。

こうした現状を見ているとまだまだ足りないというか、対応が後手に回りがちな状況というのは当面続くのではないかと思いますね。」

Q.この数年の相続で最も多くの人が対応に苦しんでいるデジタル遺品を挙げるとしたら?

「サブスクリプションですね。解約で困っている人が非常に増えています。金額が小さいだけに、本人であってもサービスの契約経緯を忘れてしまっているなど、意外に苦労することがありますよね。ましてや遺族が全くのノーヒントで、経由したサービスなどを辿って正しく解約しようと思っても、そもそも現状が把握できない、解約まではとても進めないという仕組みになっていたりします。

例えば全てのサブスクリプションがApp storeに登録されている、という状況であれば楽なのですが、実際にはWebサイトからの申し込みなど複数の契約ルートが存在する訳です。

あるいはケーブルテレビのオプション契約など、月額料金の中に組み込まれて請求されるものがありますよね。契約者でさえ内訳を意識していないことも多く、通信契約自体を無事に解約できたとしても、運営元がオプションの解約を忘れてしまい、単体で支払いが続いてしまうというケースがあります。

こうしたケースでクレジットカードを止めようとした時に、このオプション分の数百円という謎の債権があるために止められない、止められたとしても請求が続くといった報告を、結構耳にしますね。

サブスクリプションが一般化したことで様々な業界がこの形態でサービスの提供を始め、相続対応を難しくする状況に拍車がかかっている一方で、法整備はあまり進んでいないため事業者の対応には濃淡があります。一定期間以上動きのないアカウントを休眠化するといった良心的な仕組みはあまり広がっておらず、利用の有無は特に確認せず、支払いが続いている以上は回収を続けるというスタンスの事業者が多いのではないでしょうか。」

Q.2023年に最も関心のあるデジタル遺品の分野は?

「まずは○○payなどのQRコード決済サービスですね。来年の春にはデジタル給与払いが解禁になるということと、取材を受けている現時点(2022年12月)で既に国税が納税できるようになったという法改正からも注目しています。

これまでのQRコード決済サービスは、多くてもせいぜい数万円ほどチャージして利用するという方が多かったと思いますが、納税となると数十万円、複数種類の納税であれば更に高額なチャージが必要で、これが当たり前の流れになるかもしれない。

現在のQRコード決済サービスは、給与支払いに対応できるものでもプール可能な上限額は百万円ほどで、フルに枠を使っている方はそれほど多くないと思います。しかし用途が増えると上限額も増えるかもしれませんし、使い切れずに残高が高額になっているというケースも考えられます。便利になる一方で、相続におけるデジタル遺品という側面からは、高額な残高をプールしたまま亡くなった場合、遺族が把握できる道筋がしっかり提示されていないという現状が懸念されます。残高そのものに加え、どういうルートでチャージされたのか、例えば給与債権が問題になった場合は幾ら分がそれに当たるのかなど、残高の内訳を確認することは更に難しいのが現状です。

また、デジタル給与にしても、全額ではなく一部をQRコード決済サービスで受け取るなど、総務部の方は新たな仕事が発生する可能性もあります。更にお金の流れは労務管理とも連動しますので、賃金台帳などへの記録の残し方や、企業への士業の関わり方にも影響が出てくるでしょう。給与計算サービスを提供している社労士や税理士などは、特に注意が必要かもしれませんね。

他には、デジタル証券も気になっています。来年から本格的な普及が予想されていて、遺産として確実に無視できない存在なのですが、整備が進んでおらず運用の実態が見えてこないので、注視したいと思っています。」

Q.デジタル遺品に関する士業の意識や知識の浸透度をどう感じているか?

「相続は税理士・司法書士・行政書士・弁護士と、取り扱う士業が多いのでセミナーの登壇を依頼していただくことも多く、広く浸透している印象ですね。セミナーの冒頭で参加していただいた士業の皆さんに必ずお聞きすることがあるのですが、まずスマホをお持ちかどうか、次に失くした場合のダメージが大きいのはスマホと財布のどちらか、という質問です。

平成まではご高齢の参加者が多い場合、スマホを失くしても大したことではない、財布の方が困るという回答が多かったのですが、コロナ禍が始まったあたりから、ご高齢の方も含めてスマホを失くす方が困るという回答が過半数を超えるようになってきました。

そういう意味では、士業も年齢問わずデジタルが身近になっていると感じます。平成までは主力はファックスだしデジタルは大変だ、といった拒否反応を示す方もいらっしゃいましたが、令和になった今では『それではダメだ』と考えておられる空気ですね。

知識の浸透度としては、スマホやサブスクなど今や相続においてメジャーな知識については理解しなければいけない、という意識の高まりを感じます。勉強しなければ、とセミナーを前のめりで聞いてくださる方も多いです。

ただ、具体的なサービスの規約を覚える必要性や、デジタル分野全体の動向を把握するという意識に至っている方は少ないように思いますね。とはいえ個別に知識を集積していくのは難しいというのも理解できますので、デジタル遺品研究所を上手く利用して知識を深めていただけると嬉しいです。」

Q.士業が最も意識できていない、カバーできていないデジタル遺品の分野は?

「2つありまして、1つは冒頭にもお話ししたブロックチェーン関係ですね。暗号資産やNFTの仕組みがどうなっているのかという理解や、将来的に長期にわたる財産として浸透するのかという動向などを先読みする必要があると思うのですが、そこまで深く把握しようという意識をお持ちの方はまだちょっと少ないかなと。

もう1つはセンチメンタルバリューを持った、思い出関係の遺産ですね。亡くなった方のSNSや写真などは、これまでの相続においては後回しにされがちなものでしたが、近年ではご遺族にとって何よりもかけがえのない重要なポジションになりつつあり、優先順位が変わってきているのを感じます。

Q.今後の相続業務に関してデジタル遺品の占めるウエイトはどうなっていくのか?

「基本的にはこれまでオマケのように思っていた方も多いのかもしれませんが、先ほど例に出したスマホと財布の話のように、デジタル遺品は”把握して当たり前”にならないと相続業務に対応すること自体が難しくなると思います。

政府も来年の5月にはマイナンバーカードの機能をAndroidに内蔵できるようにすると打ち出していますよね。iosについては協議中とのことですが、遠からず搭載できるようになるでしょう。そうなると、マイナンバーカード機能が組み込まれたスマホの存在は無視できなくなります。

来年の早々から、こうした新たな問題に直面することになりますし、ウエイトというよりは必須化していくのではないでしょうか。」

Q.デジタル遺品に関して今後予測できる問題は?

「生活にとって重要な位置付けになるほど、デジタル環境のプライバシー性はどんどん高まりますよね。セキュリティ上は好ましいことですが、遺品としての取り扱いハードルが上がるという問題でもあります。

他人から盗み見られないようにするといった仕組みは充実し続けていて、端末のパスコードに加えてアプリのパスコード、メニュー毎にパスコードを要求されることさえあります。LINEが機種変更時のデータ引き継ぎミスを防止する機能として、パスコードの設定により一定期間分をスムーズに引き継げるサービスを提供するなど、本人以外の端末操作が難しくなるような機能は今後も更に強化されるでしょう。

故人のプライバシーに踏み込むべきか否かについての議論は別として、遺族が必要に応じて実態を把握できる選択肢は確実に狭まっており、相続手続きの難易度は更に上がるのではないかと懸念しています。

更に、スマホの容量は大きくなったとはいえカスタムの余地が限られている一方、PCとなると自作されている方もいらっしゃいますし、RAIDが構築されているケースもあり更に複雑化します。便利になるほど課題も増えるということですね。」

Q.これから相続を取り扱う士業は、デジタル遺品に関してどのように取り組むのがベストか?

「これは理想の姿なのですが、”デジタル遺品に詳しい”という対外的なアピールの必要性とは別に、ご自身の中では従来の遺品と完全に同一のレベルで扱えるという感覚を持っていただくことが非常に重要だと思っています。先ほどもお伝えした”当たり前のもの”として。

例えばネット銀行の預金は、法的にはオフラインの預金と何ら変わりませんよね。しかし、ネット銀行には通帳やカードが存在しないケースがあるなど、少し見え辛い違いが存在する訳です。その見え辛さをクリアして実態を把握することで、はじめて従来の口座と同じように扱えるということが完全に理解できるという、一定の段階を踏む必要があります。ただこの流れは、未知のデジタル分野においても同じことなんですよね。

サブスクリプションも、新聞の購読料や受信料の毎月の支払いと構造的には変わらないものです。ややこしいように思えても、定期購読と同じように扱おうという意識で臨んでいただくと、ずいぶん扱いやすくなるのかなと。

そうしていただければ士業の皆さんもデジタル遺品の取り扱いに対する心理的なハードルが下がりますし、業務の一部として当然に対応できる士業が増えることで、その先にいる多くのクライアントや、世の中がとても幸せになるんじゃないかと思っています。」

古田雄介 プロフィール

デジタル遺品を考える会 代表。
1977年生まれ。大学卒業後に上京し、建設工事現場監督と葬儀社スタッフ、編集プロダクション勤務を経て、デジタル遺品に関する書籍や記事を執筆する作家、専門家。2010年から故人サイトの追跡とデジタル遺品の実態調査を開始。2017年より「デジタル遺品を考えるシンポジウム」主宰。「スマホの中身も『遺品』です」(中公新書ラクレ)、「死とインターネット デジタル遺品と故人のサイトを考える2重篇」(Kindle)、「ここが知りたい!デジタル遺品 デジタルの遺品・資産を開く!託す!隠す!」(技術評論社)などデジタル遺品に関する多数の出版実績がある。メディア掲載実績は、東洋経済オンライン、朝日新聞、シニアガイドなど多数。NHK、テレビ朝日等テレビ、ラジオ等の主演も多数。