- 事務所名:
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おおた産業メンタルラボ
- 代表者:
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大舘太郎
- 事務所エリア:
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群馬県太田市
- 開業年:
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2023年4月
- 従業員数:
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- URL:
目次
Q1. 注目を集める職場のメンタルヘルス対策、その現在の状況についてどう考えるか?
職場のメンタルヘルス対策は、2000年代に入って社会的に注目されるようになってきたと思います。2015年から企業においてストレスチェックが義務化されるなど、制度としての整備も進んできていますね。ただ、企業の現場でメンタルヘルス対策を行うことになると、やっぱり「何をどうすればいいのかわからない」っていう声がすごく多いと思います。企業としての最低限の義務としてストレスチェックをやる、でも意味のあるメンタルヘルス対策がなされてきているかというと、そう感じられている経営者は少ないのではないでしょうか。
ストレスチェック制度については、本来の趣旨は、組織全体のメンタルヘルスの状態を可視化して、健康的な職場づくりに活かすための仕組みです。しかしありがちな誤解として、「不調な人をあぶり出すものだ」というように捉えられてしまうことが少なくありません。そもそもの目的の理解がズレているから、結果として、「やっても効果がない、意味がないんじゃないか」っていう反応になってしまう。でもそのストレスチェック制度はメンタルヘルス対策のすべてではないです。
そういったところに、今行われている法定の制度と実際に求められているメンタルヘルス対策の間には大きなギャップを感じます。
それ以上に、現場の混乱を生んでいる要因のひとつは、今<メンタルの問題>とされているものは、実は複数の課題がごっちゃになって扱われてしまっている、ということです。
極端な例えでいえば、<精神疾患の治療と仕事との両立が必要な方>と、<社会経験がまだ少なくて働き方に悩んでいる未成熟な若手社員のような職場不適応の方>、あるいは<仕事に対する意欲が著しく低いようないわゆる問題社員>…この三者が<メンタルの問題>という言葉で一括りにされてしまっている。<メンタルヘルス対策>という、ただでも目に見えなくてわかりにくいものが、複数の課題が<メンタルの問題>として一括りに扱われてしまうことで、またいっそう対応を難しくしているなと思います。
もちろん、すべて明確に区別できるものではありませんし、一つの事例の中にも複数の要素が混じっています。だけれども、どこまでそれぞれの要素があるのか、それを見据えて取り組むことで、対処のアプローチは全く違ってくるはずなんです。
日本全体の精神疾患の患者数は、統計の取り方の変化もあってこの20年で倍増していて、今や600万人を超えています。それと並行して、メンタルクリニックなどもすごい勢いで増えています。医療が充実して、メンタルヘルス対策が整ってくれば不調者は減るんじゃないか、っていうのはある意味当然の期待だと思うんですけど、実際には増えている。それは供給が需要を呼び起こしてしまっているという面があります。支援を求める声が増え、それを受け入れるメンタルクリニックや支援体制も拡充されてきて、以前なら見過ごされていたレベルの困りごとが対処されるようになった。それは良いことなのだと思うけれど、病気ではないものまで<メンタルの問題>として扱われるようになってきている、ということのマイナスの影響もある、そう思うんです。
社会の理解が進んできたことで、病気を公表しながら働かれる人も増えましたし、それ自体は良い方向の変化です。最近ではかつての「うつは甘え」というような乱暴な誤解はだいぶ減ってきたとは思います。ただ一方で、「なんでもメンタルという言葉で片付けられてしまう」といった批判もあり、そこにも一定の妥当性があると感じます。
だから、<メンタルの問題>という言葉の中に、いろんなものが混在してしまっている。それが今のメンタルヘルス対策の一番の難しさなんじゃないかな、と思っています。
Q2. メンタルヘルス対策に関連する、社労士や弁護士の課題や問題点は?
社労士さんや弁護士さんは、顧客企業の困りごとの解決に大きな役割を果たされていることは言うまでもありません。ただ、<メンタルの問題>のようなややこしい問題になると、そこに自信をもって対応できる方って、やはりかなり限られていますよね。
社労士さんには、特定社会保険労務士という制度もあって、メンタルヘルスやハラスメントなどの対応に力を入れている方もいらっしゃることは存じ上げています。ただ、実際に現場でそういう専門性を日常的に発揮している方は、まだまだ少ない印象です。私の存じ上げている社労士さんの多くも、たとえ特定社労士をお持ちであっても、基本的には通常の労務手続きばかりをやっているという感じです。
弁護士さんの場合は、やはり訴訟や紛争処理に関わる部分が中心になりますよね。よりハードな事案、例えば解雇や労働トラブルなどの対応が主になります。そうなると、たとえば治療と仕事の両立への支援が必要な社員への対応や、就労への適応に悩む未成熟な社員への支援といった、いわゆる“ソフト”な対応領域にはなかなか関わる機会が少ないという構造があります。結果的に、問題社員の対応に寄った視点になっていくのは当然のことです。
でも一方で、<労務問題>とされてくる中には<メンタルの問題>が混じっていることがある、という認識はこの記事をご覧になっている士業の方は当然お持ちのことと思います。
現場で対応している士業の方の中には、顧客企業の経営者から従業員への対応に困っていることを相談されたときに、「これは労務問題ではなくてメンタルの問題ではないのか?」という疑問、ときには反発のような気持ちを感じた経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。社労士さんも弁護士さんも企業の<労務問題>の専門家ですから、そのような<メンタルの問題>にぶつかると、戸惑い、困ってしまわれることと思います。といって、士業として、顧客から依頼されたことに対して「できません、知りません」では済まされない。自分の専門ではないのだとしたら、どこにどのように落としどころを見つけていくのかを支援しなくてはならない。そこがつらいところですよね。
そんな事態に士業がうまく対応できるようになっていくためには、私が思うに、まず大切なのは、「<メンタルの問題>には、対応が異なるものがごっちゃになっている」という状況を知っていただくことと思っています。
まずは<メンタルの問題>という中に<精神疾患の治療と仕事の両立が必要な人><働き方や社会との不適応に悩む社員><就労意欲が乏しい問題社員>といった対応が違ってくる異なる種類のものがあるな、と認識してもらう。
そうすると、 例えば、<治療と仕事の両立がメインの人>には産業医との連携をしっかりとって支援をしないといけないですし、<働き方との不適応に悩む社員>には、職場全体での育成的なアプローチが必要になります。そして<いわゆる問題社員>には厳正な労務対応や法的措置が求められてきます。分けて捉えられることで、それぞれにアプローチはまったく異なるけれど、対応が見えてきます。
ですから、社労士さんや弁護士さんにも、まずこの3つの違いと混在している状況を認識してもらうことが重要だと考えています。そして医療、労務、法務、それぞれの視点がうまく連携して初めて、<メンタルの問題>に対しても、<労務問題>に対しても、有効な対策がとれるようになる。そうした多角的な支援体制がもっと広がっていってほしいと、私は強く感じています。
Q3. 精神科医・産業医は、労務管理の現場にどのように関わることができる?
精神科医であり産業医として、企業の労務管理の現場にどう関わっていけるかという点についてですが、今の私自身のまず基本的な関わり方としては、嘱託産業医という形があります。これは50人以上1000人未満の職場に非常勤で入って、健康診断の結果を踏まえた就業判定、職場巡視や、不調者への面接、復職時の対応相談などを行う。いわゆる通常の産業医業務ですね。まずこの土台があって、その上でさらに専門性を求められる場面が出てくる、というのが私の実務の中心です。
私の場合は、そこからさらに一歩踏み込んでメンタルヘルス対策に特化した<メンタルヘルス顧問>という役割でも企業に関わることがあります。複雑なケースなどで人事担当者や上司さんが判断に迷ったときにご相談いただく、専門家の中の専門家としてのポジションです。たとえば、「もともと勤務態度と実績に問題があった社員が『うつになった』と休職していた。でもSNSに海外旅行を楽しむ様子を投稿しているのが噂になっている。復職したいと希望があったけど、いったいどう対応したものか?」といった通常の産業医では手に余るような、いわゆるハードケースの対応などをしています。
ただ、実際にはこういった精神科産業医と、その視点を積極的に活用している企業は、まだまだ少ないのが現状です。もちろん、精神科出身でなくとも日々地道に対応して成果を上げている産業医もいらっしゃいます。ただ、特に大手企業や上場企業などになると、通常の産業医だけで対応しきるには限界がある場合も多く、そういったときに「やっぱりメンタルヘルス対応の専門家に頼りたい」と言っていただける場面が増えてきました。
その一方で、社労士さんや弁護士さんたちが、顧客企業から<労務問題のような、メンタルの問題のような判然としない悩み事>への対応を求められている。そんなときに「産業医を利用・活用しよう」という発想を持っていただきたい、産業医に声をかけていただきたい、と感じています。
やはり健康問題に該当する部分の対応は産業医が活用されるべきですし、法律的な判断が必要な部分は弁護士が担っていくべきものです。つまり、それぞれの専門家が連携して、互いの強みを活かし合うのが理想ですよね。そのために、「このケースは医療の領域が強いから産業医に任せよう」「これは企業の労務問題だから、社労士や弁護士が主導しよう」といった整理が必要なんです。精神科医・産業医に限らず、専門家はその判断と線引きに向き合うことが必要になります。
しかも、そうした連携がしっかり取れていれば、企業としても「ここまで支援しました。これ以上は医療の領域です」「ここからは労務問題です」と堂々と言えるようになりますし、安全配慮義務や治療と仕事の両立支援の観点でも自信を持って対応できるようになるんです。
最近では、産業医の派遣会社が増えてきています。その中には<メンタルに強い産業医>を売りにしているところ、スポットで精神科産業医に相談できるというオプションを掲げている会社も目にします。ただ、「産業医だから、精神科医だから大丈夫」ではないのは、「士業もイロイロ」であるのと同じです。そこから派遣される産業医がどこまで医療の外の状況を認識できているのか、士業との連携や労務・法務との連携を意識できているかは未知数です。企業顧問である士業のみなさんの、出会った相手の真価を見抜く眼力が試されるところかもしれませんね。
私自身はメンタルヘルス法務の重要性を知る精神科医・産業医であるからこそ、そういった両面からの支援の大切さがわかりますし、必要に応じて「これはもう法律で解決したほうがいい」「ここまでは企業の安全配慮義務の範囲」「ここから先は医療にお任せ」といった判断を示すことができます。すべてがうまくいくとは限りませんが、「ここまでやった」と言えること、限界を提示できることが、結果的に顧客企業からの信頼にもつながっていくと信じています。
Q4. これから、職場のメンタルヘルス対策はどのようになっていくか?
大きなスパンで考えると、これからの職場のメンタルヘルス対策は、<特別なこと>から<当たり前のこと>へと移行していくんじゃないかと考えています。
たとえば、厚生労働省が進めている<治療と仕事の両立支援>では、これまでがんや脳卒中といった身体疾患が中心だったのが、そこに精神疾患も加わってきています。これは法律上も努力義務として位置づけられているもので、いよいよ「精神的な疾患を抱えた人も治療を続けながら働いていく」ということが制度的にも当たり前になっていくということです。
また、ストレスチェックについても、これまでは50人以上の職場で義務化されていましたが、50人未満の職場にも義務となることが2025年5月に決まりました。つまり、企業の規模に関係なく、メンタルヘルス対策が求められる時代に入ってきたということですね。
でも、これによって劇的に何かが良くなるというよりは、健康診断と同じように、当たり前にやるものとして社会に根づいていくんだろうなと感じています。メンタルヘルス対策も<一時的な流行>ではなく、もうすでに“ブーム”を超えて“日常”の一部になりつつあるのかもしれません。かつて茶髪が”流行”だった時代がありましたけど、今は当たり前の存在となって、誰もそれをブームとは言いませんよね。それと同じように、メンタルヘルス対策もごく当たり前の存在になっていくと思います。
そして今後は、<Z世代の価値観の違い>や<退職代行の隆盛><静かな退職Quiet Quitting>という流行り言葉で切り取られているような、<働き方の変化とどう向き合っていくのか>ということと一体化していく。つまり、これからのメンタルヘルス対策は「病気にどう対応するか」だけではなく、「働くことの意味をどう考えるか」といった、普遍的でありながらより深いレベルでの成熟が求められてくるのではないかと感じています。
Q5. メンタルヘルス対策にかかわる場面から考える、これから選ばれる士業の条件は?
メンタルヘルス対策にかかわる場面から考える、これから選ばれていく士業に求められる条件としては、まず大事なのは「信頼できる産業医との接点を持っていること」だと思います。ここでは必ずしも精神科産業医である必要はありません。ただ、たとえば自分が担当している企業の中で「このケースはちょっと自分だけでは判断が難しいな」と感じたときに、相談できる産業医や精神科医との伝手があること、それがとても重要になってくると思います。ちょっとだけ夢見て良いならば、「うちの事務所にはメンタルに強い産業医の顧問がいる」と言えたら、ブランディングにもつながるのではないでしょうか。士業が専門家としての判断を求められる場面において、やはり医療の専門家の意見を仰ぐ姿勢というのは、企業側にも、そして従業員側にも安心感を与えるはずです。
そして、もう一つ大切なのが、「自分自身の限界を知っていること」。専門家であるからこそ、すべてを自分で解決しようとするのではなく、「ここから先は医療の領域だな」とか「これは法的に処理すべきだな」といった判断をし、しかるべき相手に託す判断力と謙虚さが求められます。
そのためには、これまで何度かお話してきたように、<病気の治療と仕事の両立に悩む方><未熟さなど職業や社会との不適応に悩む方><いわゆる問題社員>という、<メンタルの問題>に混在する3つの要素を認識していることも大きなポイントになります。<メンタルの問題>はこれらの要素を押さえることで、対応の仕方はまったく違ってきます。そのうえで<自分が担うべき役割>と<他者に任せるべき部分>をきちんと整理できる方、専門家チームの一員として対応できる士業が、今後本当に信頼される士業になっていくんじゃないかと思います。
医学部卒業後、精神科の医師となり、研修期間を経たのちに、精神科救急病棟、思春期精神科病棟、総合病院精神科病棟の立ち上げを主導。複数プロジェクトのマネジメントに従事。
多彩な臨床経験をもとに、総合病院での合併症精神科診療のような複数分野にわたる課題のマネジメントを得意とする。
2014年、一念発起し産業医となり、世界的輸送機器メーカーの研究開発所に、専属産業医として1年間勤務。
以後、複数企業の精神科産業医、嘱託産業医に従事。
2023年春、これまでに培った経験を生かし、”産業メンタルヘルスコンサルタント”として、職場の発達障害やうつなど、メンタルヘルス課題への解決志向のコンサルティングサービスを提供していくことを決意。
おおた産業メンタルラボを発足。