HRbase PRO:株式会社Flucle 代表取締役 三田弘道氏(社会保険労務士)

HRbase PRO:株式会社Flucle 代表取締役 三田弘道氏(社会保険労務士)

事務所名:

株式会社Flucle、社会保険労務士法人HRbase

代表者:

三田弘道(社会保険労務士)

事務所エリア:

大阪府大阪市

開業年:

2015年

従業員数:

約20名

Q.士業の業界のDX化についてどう感じているか?

「非常に遅いですね。まずDXの話とデジタル化の話が混同されていることが結構あります。私の知る限りですが社労士業界で申し上げますと、やっとデジタルの話を少しずつ検討しているようなレベル感ですので、これは少しまずいのではないかと思っていて。場合によってはデジタルという言葉自体に抵抗がある人も結構多いです。もはやDXについてもデラックスと読んでしまっている人がいるのではないだろうかという笑い話になってしまうような感じです(笑)。

デジタル化もDX化に繋がっているとは思いますので、その観点からお話をさせていただきますと、一番上の階層がDXだとするとデジタル化がその下層にあって、ようやく下層の一歩目を踏み出そうとしているような状況なんです。実務で言えば電子申請をするための電子証明書の取得方法といった、どういう電子証明書発行サービスがあって年額いくらで、といった話をしているような段階にある訳です。もちろん、もっと進んでいる方もたくさんいらっしゃいますが、業界全体としてはそういう温度感で少しずつシステムを入れて使っていこうよ、という話に留まっているので非常に遅いという印象を受けますよね。

e-Govが外部API連携できるようになって久しい今、書類の持参や郵送は面倒だから電子申請率を上げようといった話は初歩の初歩ですから。こうした状況になっているボトルネックの一つとして、これは士業全体に言えることなのかもしれませんが悪しき完璧主義というか、一人残らず置いていくことなく対応しようという傾向が足を引っ張っているのではないかと思っています。そこを目指そうとすると当然スピードは遅くなりますから、あと10年一歩目を進め続けるんですか、という話になってしまいますし、もう少しロードマップを引いてしっかり進めていける方々に集中したほうが、業界として良い方法に進むのではないかなと感じていますね

デジタル化とDX化の違いは、現行の業務をデジタル化するか、データ中心のビジネスを組み立てるか、ということだと思っているのですが、そういう意味で言いますとデジタル化が進んでいる社労士事務所はあるものの、DX化が進んでいる事務所は皆無と言っても良いように思います。まず社労士に必要なデータはどういうものなのか、そのデータはビジネス的にどういう価値を生み出すのかといった議論自体がほぼなされていない状況なんですよ。

そもそも士業の考え方や慣習に、デジタルを使った効率化や業務の構築という概念がそぐわないのかもしれませんが、一方でHRテック業界は明らかにデータドリブンな考え方を持っていますので、双方は非常に大きなギャップを抱えた状態です。これは今後、社労士業界のDX化と密接に関わってくると思いますよ。色々なHRテックの方と話す機会があるのですが、彼らはよくレポート機能を増やして社労士と繋ごうということを言っていて、データ中心にコンサルティングを行うDXの一歩目を行おうとしているんです。ベンダー側は、今3時間かかっている入退社の手続きが1〜2時間になりました、といった効率化ロジックの世界ではなく、入退社のデータを使って、あなたの会社はこういうところが今課題になっているので、このように解決しましょう、労務環境を整えましょう、というデータを中心としたコンサルティングを推してきているのですが、社労士サイドがいまいちピンと来ていないという感じですね。

社労士の手続き業務がなくなることは絶対にないとは思いますが、効率化の勝負となると工場系の会社が有利ですので、そうした環境下でお客さんに寄り添うのであればデータ活用+経験といったところへ行き着かないと、なかなかきついのではないでしょうか。

Q. HRbase PROとは何か?

労務相談を効率化するツールがなかったので、そこをフォローできたらと思って作ったものです。具体的には3つの機能がありまして、1つは法改正などの記事テンプレートを編集して顧客へ情報を送れる機能、もう1つは労務相談に上手く答えられない、根拠を調べるのに手間がかかるといった時の為の資料管理機能で、QAやひな型などがあって自社ノウハウも蓄積できます。最後がチャット機能で、1相談1チャットになっていて質問と回答が完結するような仕組みにしました。多くのチャットシステムは1つのチャットに複数の質問が混在していますし、他の人の回答を参照できないため案件の完了未完了が管理し辛いと感じていましたので、Yahoo!知恵袋のような形で一問に対する回答をストックできないかと考えて作ったものです。社労士の利用も増えていますよ。

ただ、色々なツールが無料化されている背景がありますので、この3号業務自体も食われていくのは間違いないと思っています。例えばテンプレート回答型の機能は、恐らく2年以内くらいの感覚でChatGPTのような言語モデルAIサービスが代替していく流れでしょうね。この領域は我々も進めていますし、そうでなくても誰かしら同じことをやるでしょうから、労務相談をテンプレートで、しかもきれいな日本語で回答するというレベルではもう勝てないと思います。

新人社労士が労基署に質問して、もらった回答を顧客へ送るといった業務はなくなっていくでしょうね、AIの方が明らかに詳しいですし、まず瞬時に返してくれますから。そうなった時に勝ち筋があるのは、いわゆる汎用的ではないテンプレート回答で、顧客ごとに理解しやすい、実行しやすいようなアドバイスをしたり、更にリーガル的なレベルが上であったりという、汎用的には手出しができない”考える”領域をちゃんと作って、本当の事務所ノウハウを蓄積していくことですよね。

例えば身元保証書は誰にでも出せますが、保証書をどう活用するのか、リーガル的にどうすれば問題をクリアできるのかといったことは知識の組み合わせが必要ですし表に出せない話もあります。退職勧奨時に発生しがちな宗教の絡む話などもAIには難しいですよね。こうした、スポイルされずに今後も残るものは2種類あると思っていて、1つは今お話したような文字化できるものの外には出せない事務所特有のノウハウのようなもので、もう1つは労務相談の実際の事例データです。

基本的にAIサービスが読み込むビッグデータは個人情報を抜いたものですので、実存するバックグラウンドを含んだ生の声は恐らく希少データになるんですよ。テンプレートの表面的な回答と、実名を出しながら経験則に基づいて話すのでは、同じ言葉で喋ったとしても説得力が違いますので、そうした技術ではない部分での競争優位性を事例としていかにストックするかが重要だと思っています。

こうしたことはこれまで個人にしか蓄積されませんでしたが、今後は事務所として回していくために事例として共有する仕組みが必要ですし、2種類のデータをいかに貯めていくのかは社労士事務所の利益につながる話でもあると考えています。そのためにHRbase PROの資料管理機能は、AIに置き換えられずに残る独自資料として、自社の財産であるノウハウを登録して蓄積できるように展開しました。お客さんとのやりとりそのものも、チャット機能で保存できますしね。

社労士が一人で生き残っていくのであれば、キャラクター性や人生背景で勝負するという道があるように思います。例えばAIから言われると一般論として”ふーん”という受け取り方になりますが、横須賀さんが同じことを言うと全く違いますよね。これは割と大きな差で、まさに士業の価値でもあると思います。しかし、こうした”誰が言うのか問題”はどうしてもその人の経験や得た機会に紐づいてしまうことが避けられないのでビジネス的にはなかなか獲得が大変で、それでは何に紐付けたら汎用的に使えるのかというとやはりデータになる訳です。

士業向けの情報提供サイトは沢山ありますし、有用性も専門性も高くて凄く良いものですが、お金を払えば誰でも使える以上は事務所のノウハウとは言えない訳で、仕組みとしてはアナログの加除式と同じですからAIサービスに代替されてしまうでしょうね。事務所として競争優位性を出すためには、自社しか持っていないデータを貯めていく必要があると思っています。横須賀さんのChatGPTに関する記事で、分岐として参考文献の提示に言及されていましたが、既に実装されている言語モデルAIサービスがあるようですからね。

各種ツールの方向性については、設計思想が知識のシェアなのかどうかという点で仕様が異なるとは思いますが、少なくともChatGPTはマイクロソフトの出資によって関連サービスに入ってくるという話になっていますので、テンプレートで対応可能な労務相談はAIに置き換わっていき、事務所の競争優位性は蓄積したノウハウかキャラクター性のどちらかになる、というのが私の想像する未来です。キャラクターについては実力がある前提ですが、コミュ力であったり人生背景、気持ちを汲み取る能力によって”あなたに言われるのであれば”というキャラ付けがされていくようなイメージはありますね。

結局、非効率と言われがちな属人的蓄積が実は最強なんじゃないかと。実はHRbase PROは裏でこういう世界が来るなという思想感を持って作ったものでもあります。」

Q.HRbase PRO開発の背景や効果は?

「ここまでにお話しましたが、やはり手続き業務がなくなっていったときに社労士業界は多少なりとも苦境に陥り、マニアックな労務相談に特化していく流れになると思うのですが、労務相談をもっと勉強しようという話になりがちなところ、テクノロジーと融合した形で社労士が競争優位性を保てるような仕組みを作りたい、と考えたのが開発の背景です。

なぜHRbase PROの仕組みを自分の社労士法人で独占せずに開放したのかと言いますと、私自身が社労士だということもありますが、世の中に大きなインパクトを与えようとした時には、技術の裏側に人がいたほうが絶対に良いと思っているからなんですよ。ChatGPT云々という話は話題性がありますし広まりはしますが、AIに聞いてみたものの解らないから誰かにもっと聞きたいというのが現実だと思いますし、私の目指す世界観にはやはり人がいるんです。そして裏側にいる人間は社労士が良いなと思っていて、そうした展開になるように動いているのですが、もし仮に私が独占することができたとしても結局スピードが遅くなってしまうじゃないですか。雇用を増やして大きな事務所を作って、という方向性になってしまいますので業界を変えることはできませんし、それは凄くつまらない、あんまりな未来だなと思ったんですよね。」

Q.士業のDX化は、今後どうなっていくか?

「これは大きな分岐点が一つあって我々が頑張りたいと思っているところなんですけど、HRテックの支配下に置かれるのか、HRテックと一緒に融合したサービスを作るのかという道に分かれると思っています。私がChatGPTのような言語モデルAIサービスを作りたいと言っている一つの理由として、これを社労士ではない人が作って世に出すと、”社労士は不要”というメッセージになってしまうんですよ。

私や、もちろん私でなくても色々なプレイヤーがいる中で士業が作れば、一定レベル以上のものができるでしょうし士業も絶対に必要だよね、というメッセージに変わるじゃないですか。ですから未来としては殆ど確定路線なのですが、誰がメインのポジションを獲るかによって業界が左右されるのではないでしょうか。だから絶対にここは押さえたいんですよ、士業を巻き込んだモデルを作れるかどうかだと考えています。

また、今は企業の直接利用に適さない作りにしているHRbase PROですが、今後はそこも融合させていきたいです。それはある意味で社労士の敵にもなり得るのですが、先ほども申し上げたように私が敵にならなくてもいずれ誰かが敵になると思っていて。そうであれば私がある程度敵になり過ぎず、偉そうな言い方になってしまいますが社労士が生き残る未来を作りたいな、と思っていますので実現したいですね。

実は、労務相談よりもっと手前でDXが起こる可能性も考えていまして、例えばHRテックで保険手続きをやろうとしても基本的にまだ難しいんです。内容や設定が解りません、扶養と書いていますが対象は誰なんですか、といったように効率化はしているものの使いこなすのが大変といった感じで。これは、システムを使う上でITと労務両方の知識が必要だからなのですが、この問題はテクノロジーが解決するかもしれません。今のインターフェースは全てメニューを選んで正しいものを入力選択しなければいけませんので、ユーザーが社労士と会話してアドバイスをもらいながら進める形ですが、これは言語化AIに代替される可能性があると思っています。

こうなると、本当に手続きがなくなることもあり得るのではないでしょうか。口語でも検索機能を使えるという下地が既にありますから、これまでは検索能力が低い故に欲しい情報へ辿り着けなかった層が、音声認識や会話が可能なチャットによってシステムを使いこなせる時代が来そうですよね。保険手続きにしても一つ一つはそれほど難しくありませんが、複合的であったり関連事項が多いことによって複雑化しているだけで紐解けば割と簡単ですし、理解が難しいことも会話を重ねれば理解が進むじゃないですか。システムを会話で操るということになると、HRテックは一気に加速しますので、そういう危機感はありますよね。そうなるとやはり先ほどのお話しで、ノウハウの蓄積やキャラクター性がないとまずいな、と思います。」

Q.今後、士業が生き残っていくためにDX化やAIの活用については、どのような考え方が必要か?

「既に沢山お話してしまいましたが、まずChatGPTなどを触ってみましょうと。本当にもうこれは各種メディアでどんどんアピールして欲しいですし、なんだったら色々なサイトに埋め込んでおいて欲しいくらいです(笑)。昨年末あたりから生成系AIが流行り出しましたが、やはり士業に一番影響があるのは音楽でも絵でもなく言葉ですので、そこはまず触ってみないことには何ができて何ができないのか、本当のところが分かりませんよね。ですから、まず触ってみてAIの構造を知りましょう、というのがファーストステップではないでしょうか。

AmazonのEchoも実際に使ってみることで、できないことも見えてきますよね、意外と複雑なことを言ってもやってくれないな、物を買うとしてもそれほどすんなりいかないな、という感じで。我々も開発の際には色々と試していて、例えばうつ病の解決方法のような絶対的な正解のないジャンルも意外と得意な一方で、傷病手当金の手続きを教えてと言ってみたらガンガン間違えてくるし存在しない帳票を言ってくる、というようなことが判ります。ですから、これはAIに参考ページを出されると勝てないな、など具体的に想像していきながら戦略を組んでいくことが必要だと思っています。

もう数年来言われているAIが消す職業何種なども全く消えていかないように、こういう話は予想より遅く進むという見方もできますが、ChatGPTの影響で早くなる可能性も否定できませんので、今のうちに会社として方針を決めておいたほうが良いとは思いますね。その方針の中で何が普遍的な価値なのか、社員が辞めても残るものは何かといったことを考えながらデータを貯めてくという感じでしょうか。それはもしかしたら、労務相談のデータではなくて社員情報を集約してレポーティングするといった労務レポートのような話かもしれませんし、労務監査のようなテクノロジー的になかなか難しい領域かもしれませんし、各社それぞれだと思いますので、そこを考えて一歩でも進めていくということがAI時代に生き残る方策かなと思います。」

三田弘道 プロフィール

兵庫県西宮市生まれ。大阪大学大学院在学中に社会保険労務士試験に合格。2015年に株式会社Flucleを起業。300社以上の企業の労務管理支援の中で労務領域の属人化を課題に感じ、HRbaseサービスを開発。大阪府社会保険労務士会 デジタル化推進特別部会員。ITや業界活性化のテーマで毎月約10本のセミナーに登壇。