理念と対話で組織と向き合い続けた17年。社労士の新たな挑戦:理想組織研究所ひとラボ 加藤大吾氏

理念と対話で組織と向き合い続けた17年。社労士の新たな挑戦:理想組織研究所ひとラボ 加藤大吾氏

事務所名:

理想組織研究所ひとラボ(法人名:コトバデザイン株式会社)

代表者:

加藤大吾

事務所エリア:

三重県鈴鹿市

開業年:

2008年4月

従業員数:

1名

Q.貴事務所の取扱業務と現在の事業内容について教えてください

理想組織研究所ひとラボでは、社労士業務として労務顧問や労務相談、就業規則の作成を行っていますが、それに加えて人事組織コンサルティング専門の別法人を通じて経営理念の策定およびその浸透支援等にも注力しています。特に経営理念を企業にしっかりと根付かせるための活動を主軸に据えており、単なる労務支援にとどまらない、組織づくりの伴走サポートが特徴です。

Q.開業したのはいつ頃ですか?どのような取り組みをしましたか?

開業したのは2008年。もう17年目になりますね。最初は本当に基本的な社労士業務から始めました。と言っても、就業規則の作成、労務相談、労務顧問といった、オーソドックスな分野は今でも変わらないですが、ただ、当時から「年金を専門にやっていこう」とかの考えはなくて、中小企業の社長さんとしっかり向き合っていきたいという気持ちが強かったので、人事労務、経営組織分野を極めていきたいと思っていました。そういう想いは、そもそも自分が社労士を目指したきっかけでもありましたし。

開業してから4年ほどが経過した2012年頃、自分の中で「一区切り」のようなものがあって、「そろそろ自分にしかできないことを見つけたい」と思うようになりました。ある程度、基本的な業務には慣れてきて、労務の現場にも対応できるようになってきたタイミングだったんです。とはいえ、具体的に何をやるかは、その時点ではまだぼんやりしていて、「なんとなくコンサル的なことがやりたいな」という程度の考えでした。

そんな時に、横須賀さんが主催していた講座に参加する機会があって、そこで講師の方が話されていた内容がとても印象的でした。「経営者にはいろんな想い価値観があるけれど、それを言葉にできていない人が多い。だから社員にも伝わっていない」という主旨の話だったんです。それを聞いたとき、「ああ、これはすごく大事なことだな」と心から感じました。自分が支援すべきは、こういう部分なのかもしれないと。

そこから経営理念というものに意識が向いて、「経営者の想いをどう言語化していくか」「それをどう組織に浸透させるか」ということを、様々な研究・研鑽もしながら、少しずつ自分なりに掘り下げていくようになりました。はじめは試行錯誤でしたけど、経営者と対話を重ねる中で見えてくるものがあって、それを言葉にして、組織全体に伝えていく支援をする。それが自分にとっての新たな役割になっていきました。

今では、こうした経営理念策定・浸透支援の取り組みから始まる、組織風土・文化の醸成、採用、教育、評価などの組織運営全般のコンサルティングが経営のもう一つの柱になっています。ただの手続き代行屋ではなく、組織の中に深く入り込んで、経営者と本質的な対話ができる。それこそが、開業以来やってきたことの積み重ねで得られた、自分の強みだと思っています。その強みを活かして、経営者にとってなくてはならない“参謀”になれるようにがんばっているつもりです。

Q.開業10年以上で、士業をやって良かったと思うことは?

開業して17年目になりますが、士業としてやってきて本当に良かったなと感じています。もともと私が社労士を目指したのは、中小企業の社長と深く関わる仕事がしたいという想いがあったからです。社労士や税理士のような仕事は、顧問として企業の深部に関与し、経営者と本音で話をする機会が多い。そういう立場になれることが、自分にとってすごく魅力的だったんです。

開業してから今に至るまで、いろんな社長さんとお会いしてきました。クセのある方もいれば、独自の価値観を持った方もいて、本当に十人十色。その一人ひとりと向き合う中で、私自身もたくさんの刺激を受けてきましたし、それが私自身の人生そのものを豊かにしてくれていると実感しています。いまだに「またこんな社長と出会えた!」という新鮮な気持ちを持てることが、日々のモチベーションにもつながっています。

特に印象に残っているのは、経営理念の策定を支援したある会社の社長さんとのやりとりです。ようやく経営理念が完成に近づいた頃、「加藤さんと私は違うルートで山を登ってきたけど、山頂で“やあ!”って出会えた感じがする」と言っていただいたんです。社長と私の経営理念に対するアプローチは違うけど、同じゴールに到達できた感じ・・・その言葉がすごく心に響いて、「こういう瞬間を、もっと多くの経営者と共有したい」と強く思いました。ただの顧問としてではなく、経営者の想いや価値観を一緒に言語化し、組織全体に届けていく。そういう関わり方ができることが、自分の仕事の中で一番のやりがいになっています。

もちろん、ここまで順調だったわけではありません。開業当初の5年間は自宅兼事務所で仕事をしていて、生活と仕事の境目が曖昧になってしまい、健康面で不調を感じることもありました。「個人事業主だからといって無理をしても意味がない。継続的に良いパフォーマンスを出すためには、自分のコンディションを整えることが何より大切だ」と、そのとき痛感しました。

いろんな経験を経て、今こうして続けていられるのは、やっぱりこの仕事が好きだからなんだと思います。経営者と信頼関係を築き、企業の根っこの部分にまで関わっていける。そういう士業の本質的な面白さを、これからも大事にしていきたいですね。

Q.開業10年以上で、印象に残る失敗談はありますか?

自分の性格的にかなり慎重な方なので、「やらかしたな」と思うような大きな失敗はあまりないんです。もちろん、小さなミスはありますよ。例えば、役所に提出する書類を持って行ったときに、印鑑を忘れていたとか、大事な書類が一部抜けていたとか、そういう細かいことは何度かありました。でも、それも事前に確認していれば防げたことなので、「事故になる前に気づけて良かったな」という程度の話です。

一方で、後悔というほどではないですが、「こうしておけばよかったな」と思うことはあります。特に、自宅兼事務所で開業したことも、今思えば最初からしっかりと事務所を構えても良かったのかもしれないなと思うことがあります。もちろん、当時は資金的な問題もあったので無理をしなかったのは正解だったとは思うんですけど、それでも物理的に場所を分けていたら、もっと仕事と生活のメリハリがつけやすかったかもしれませんね。

ただ、自分としてはあまり「人生をやり直したい」とか「もっとこうすればよかった」といった後悔の感情は強くないんです。むしろ、これまでの経験があるからこそ、今の自分があると思っています。いろんなことがあったけど、それが全部自分を形作ってくれていると思えば、自然と納得できるというか。

だからこそ、あまり過去に意識を向けるよりも、「今、何ができるか」「今後どうしていきたいか」というところに意識を向けていたいと思っています。

Q.開業時と現在で変わった点はありますか?

開業してから十数年が経ちますが、その間に自分の考え方や心の持ちようはかなり変わったと思います。特に大きく変わったのは、他人と自分を比較する感覚ですね。開業当初は本当に周りのことが気になって仕方なかったです。同じ時期に、同じ地域で、同じような年齢や属性の人が開業していると、「あの人はうまくいってるのに、なんで自分は…」って、自然と比べてしまっていました。

SNSや業界のウワサ話を聞いては「この人はもう法人化してる」とか、「スタッフ何人も雇ってる」とか、そういう情報に一喜一憂していました。正直、焦りや嫉妬もありましたね。でもよく考えてみれば、それぞれの背景が違うんですよね。親から事業を継いでいる人もいれば、元々資金に余裕があった人もいる。開業時のスタート地点も条件も違うのに、つい自分と比べて落ち込んだりしていたんです。

ただ、今ではそういう感情もかなり薄れてきました。もちろんゼロとは言いませんが、「自分は自分でいい」と思えるようになったのは、大きな成長だと思います。他人の物差しで自分を評価しても、結局しんどいだけですからね。そういう比較から少しずつ自由になって、「自分なりのやり方で、目の前の仕事に丁寧に向き合っていこう」と思えるようになりました。

それに、長くこの仕事を続けていると、やっぱり「自分なりのペースでやる」ということの大切さを実感します。どんなに成功しているように見える人でも、見えないところで苦労していたり、自分には合わないやり方を無理矢理続けていたりするわけです。だからこそ、自分の尺度感、つまり「自分にとっての成功とは何か」を明確にしておくことが大事なんですよね。自分なりのゴールや目標。それを設定して、そこに向かって地道に歩み続けることが、長く事業を続けるためのカギだと思っています。

開業時の不安や焦りがあったからこそ、今の落ち着いた視点が持てているんだと思います。あの頃の自分には感謝していますし、これからも「自分は自分らしく」やっていくつもりです。

Q.継続できた要因はどこにあると思いますか?

これまで活動を続けてこられた理由を考えると、やはり「枠にとらわれなかったこと」が大きいと思います。いわゆる社労士業務――就業規則の作成や労務相談、手続き業務といった“王道”の業務だけでなく、法人を立ち上げて経営理念の策定支援や人事制度の構築といったコンサルティング業務にも軸足を置いてきました。そうした取り組みが、結果的に自分自身のモチベーションを保ち続ける原動力になったと感じています。

もちろん、当初はそういった業務に挑戦することに対して葛藤もありました。特に地方では、「社労士らしからぬことをしている」という目で見られることも少なくありませんでした。それでも私自身は、「企業の組織づくりを支える」という点では一貫性があると思ってましたし、自分なりにやってきたことへの違和感はありませんでした。

新しい分野に取り組むには当然ながら知識も必要で、先輩方のやり方を学んだり、書籍やセミナーから情報をインプットしたりと、地道な勉強を続けてきました。そうした自己投資を惜しまなかったことも、長く継続できた一因だと思いますし、学んだことを現場で試し、結果を出していく中で、少しずつ自信もついてきたという実感があります。

それともう一つ、私にとって大きかったのは「誰かの役に立っている」と実感できる瞬間の存在です。よくお話しするんですけど、あるクライアント企業の経営計画発表会に出席した際、社員の方が表彰される場面に立ち会ったことがありました。表彰された社員が照れくさそうに笑いながら前に出てきて、それを見守る社長や同僚たち全員が拍手を送っている。その時の、その場の空気感がものすごく温かくて、「自分が支援してきたことが、ほんの少しでもこの雰囲気につながっているのかもしれないなぁ」と思ったら、本当にうれしかったんです。

そういう瞬間をもっと増やしていきたいし、そんな場面にたくさん立ち会えることが、自分にとってのやりがいです。「自分の仕事が誰かのあったかい瞬間につながっている」と思えることが、何よりの報酬であり、そして継続の原動力になっているのだと思います。最近、特にそう思います。自分自身の仕事観、人生観でもあります。

Q.これからの課題と展望はどのようなものですか?

これからの課題と展望についてですが、これまで取り組んできた経営理念の策定や浸透といった分野は、引き続き、軸として大切にしていきたいと思っています。ただし、それに私自身が固執しすぎることなく、採用や教育、評価など、人や組織に関わる課題で、企業の現場が求めている支援を、企業の事情や想いに合わせてより柔軟に対応していく姿勢が今後ますます重要になると思います。こちらから「こういうサービスありますよ」と一方的に押し付けるのではなく、企業や社長の声に丁寧に耳を傾け、現状の課題や想いをじっくり聞かせてもらい、そのうえで「だったらこういうアプローチがあるかもしれません」と提案する。そうやって一緒に課題解決の道筋を考えていくような、伴走型の支援を確立していきたいですね。

また、今振り返って思うのは、自分にはもっとできることがあるということ。当時はどこかで自分を過小評価していた部分もあったと思いますが、今なら「もっと自信を持っていい」「お前には伸びしろがある」と言ってあげたいですね。開業当初の自分に声をかけるなら、「なんとかなるから、信じて進め」と伝えるでしょうね。

今後は、他人との比較ではなく、自分自身の幸せや価値を基準に、どんな仕事をしていきたいかをしっかり見つめながら、自分らしいやり方で事業を広げていきたいと思っています。どんなときでも、企業の『あったかい瞬間』に寄り添えるような存在であり続けたい。それが、これからの私の使命です。

加藤大吾 プロフィール

1973年5月10日三重県鈴鹿市生まれ。関西学院大学経済学部卒業。
飲食企業にて店長を務め、その後、教育企業(学習塾)にて講師・教室長を務める。人材育成業務を中心に10年間、会社勤務を経験。
2008年「みその社会保険労務士事務所」を開業。2015年「理想組織研究所ひとラボ」に改称。
社会保険労務士業務のワクにとらわれず、人事組織コンサルタントとして、『ヒト』に関する課題の克服にも尽力。経営理念の作成・浸透コンサルティングを得意とし、人事評価制度の作成や教育研修講師も含め、企業組織文化の醸成に取り組んでいる。
『一番わかりやすい経営理念と事例解説』、『経営理念で、本当に会社は儲かるのか?~11社の経営理念策定の現場から見た事実~』、『すべての労務課題は、経営理念で解決できる!~労使トラブル、問題社員、退職勧奨・解雇…すべての労務問題の解決は経営理念にあった~』など、出版多数。

人本社労士の会 正会員
ホワイト財団認定コンサルタント

趣味:キャンプ、ヴィンテージアメカジ収集
好きなもの:外で淹れるドリップコーヒー、ジムニー(シエラ)、THE YELLOW MONKEY