税理士事務所の限界はどこに?:蔵田経営会計事務所 藏田陽一氏

税理士事務所の限界はどこに?:蔵田経営会計事務所 藏田陽一氏

事務所名:

蔵田経営会計事務所

代表者:

藏田陽一(税理士)

事務所エリア:

東京都渋谷区

開業年:

2008年5月

従業員数:

8人

Q.税理士業界の現状をどう認識しているか?

「これはもう懸念されて久しいのですが、利益の低下傾向が続いていますね。雇用形態に依らず一人あたりの売上高が下がっていて、特に中規模の事務所が苦しいようです。かつてのように人件費率が3分の1では成り立たず5〜6割を圧迫している状態ですので、どうしても規模を大きくするか、一人事務所あるいはパートのみ雇用するという二極化になってしまいがちですよね。総合事務所が増えているというのも納得できます。人件費が上がると雇い辛くもなりますし、残業で仕事量をカバーできるような時代でもなくなりました。税理士志望者や受験者数が減少しているという背景もあり、トータルとして厳しいという現状認識ですね。

同業者から経営相談を受けることもあるのですが、アドバイスによって順調にクライアントを増やすことができたとしても、その後の採用難に苦しんでいる事務所は少なくありません。実際、当社も採用には苦戦していますね。以前は税理士になりたい、税理士事務所に勤めたいという方が多かったのですが、6〜7年前あたりから売り手市場に逆転した感じです。税理士も法律職ですので労働法をある程度は知っていますから、人手が足りないとなると昔の丁稚奉公的な発想は全く通用しませんし、労働環境の良い方に流れていきます。今では有資格者どころか、過去には必須とされていた簿記2級も絶対要件ではなくなっていて、新卒や人材紹介会社を介しての採用といったケースも増えているようです。

人件費率が5〜6割ですと、10人以上の組織にしなければ所長の給料が賄えません。昔の王道的な成長シナリオとして、開業初期には所長の取り分はゼロだけれども借り入れをしてまでも採用に注力してお客様を増やし、更に採用を続けてお客様を増やすことで徐々に利益を厚くしていったものですが、昨今では採用が難しい上に早期離職が増えて、こうした頑張り方が出来なくなっています。結果として、規模の二極化が進んでいるんでしょうね。」

Q.現状、貴事務所が永続できている要因はどこにあると考えているか?

「幸いなことに問い合わせは途切れることなくいただいているのですが、その中で自社が求めるお客様のみと関係を築いてきた選択眼によるものだと考えています。いわゆる客層戦略が功を奏したと申しますか、自社の得意なジャンルで力が発揮できるか、十分な利益を出せるのか、といったポイントを上手くおさえて顧客を獲得してきたからではないでしょうか。

もう一点は、チームプレーに偏り過ぎず、入力や申告は個人プレーを是としているところですね。一人あたりが大体2千万円〜4千万円のラインで担当を持っているので人件費の問題もクリアできますし、要はビジネスモデルを考え抜いたことが要因だと思います。」

Q.貴事務所経営のマーケティング・経営戦略の考え方と指針、税理士業界のマーケティングに関する所見は?

「ここ数年来、会社設立サービスの入り口を無料にして月額2〜3万円の顧問契約につなげるという、いわゆるゼロ円設立が業界を席巻してきた訳ですが、最近はクラウド会計サービスを提供している大手企業がこぞって会社設立サービスに随分な広告費を投じているようで、ゼロ円戦略が成り立たなくなり始めていると聞きます。大手企業は自社ソフトの普及が見込める以上、採算度外視とまでは言いませんが相当なリソースを投入してきますので、確かに歯が立たないでしょうね。

本来なら最初のうちは月額1万円の顧問契約であっても十分に利益を出せるやり方がある訳で、当社は規模的に経営が難しいと言われているレンジにあたる8名構成の事務所ですが、人件費率も3〜4割に留めて成立しています。大手の事務所で一定レベル以上の売上高であれば、人件費率が6割と考えると月額顧問料は3万円以上でなければ難しいということはあるかもしれませんが、小〜中規模の事務所で当社のようなやり方が出来ないということはないと思うものの、あまり広がりませんね。お客様のニーズに応えるサービス提供ではなく、人件費が先に立って顧問料が決まるというのは本末転倒なようにも思えますが。

ただし、お客様サイドの事情もありますね。昔は会社設立の要件として資本金が300万円なり1千万円なり必要でしたから、月額3万円の顧問料でも無理なく支払っていただけたのですが、現在の状況では難しいということもあるのでしょう。しかし、不当な高額設定はもちろん論外ですが、本来であれば企業の成長に見合う顧問料という考え方になる筈で、必要な投資を惜しんでしまうとそれに見合う規模の売上に留まってしまいます。結局は売上が上がらないと額面が幾らでも感覚として高額に思えてしまうのか、当社でも稀に値引き交渉や契約不成立という結果になることがありますが、報酬は仕事量応分に設定されているものですので、基本的に高すぎるということはないと思っています。

また、税理士業界は全体的に経営戦略やマーケティングそのものをあまり考えていない、というのが私の見解です。ごく一部に、自身は疎いながらも、広告会社などを上手く活用して機能しているという場合があるようですが、基本的にこの印象は15年前から現在まで変わっていません。紹介と顧問料で何となく成立してしまうからでしょうか、マーケティングも資金繰りも遠いところにあると思っているように見えて、これは士業の中でも顧問契約を前提としたビジネスモデルの資格だけに該当するのかもしれませんね。とはいえ、お客様には経営戦略の話をしない訳にはいかないと思うのですが。」

Q.貴事務所経営のDX化と税理士業界のDX化についての所見は?

「当社も一応はAI OCRやRPAを導入してはいるのですが、主力になるのはまだまだ先なのかなと思っています。現状では熟練した人間の方が早いという処理速度の問題と、こうした職人肌の方々が一行一行を手打ちする方法を好むという感覚的な理由からです。お客様からCSVデータを受け取って自動処理を走らせた方が早い、と考えるパンチャーの方が人数的に勝る形で入れ替わりが起こるタイミングが来ないと、なかなかDX化は進まないんだろうなと思っています。

実は業界的にも同じことで、これを言っている人は少ないと思うのですが、昔ながらのインストール型ソフトを使用し続けている事務所は、単純にクラウド型よりも効率が良いと考えているからなんですよ。この数年クラウド化が叫ばれて久しいので逆行しているイメージがあるかもしれないのですが、切り替えるのが面倒な訳ではなくて仕事のやりやすさで選んだ結果なんです。クラウドの利便性は共有化にあると思いますので、例えば人事労務系であれば間違いなく価値を発揮するのですが、会計情報は常時共有している必要性がそれほど高くありません。にも関わらず仕訳が発生する都度ネットにアクセスしなければ入力できないというのは、これが積み重なると業務効率化という点では全体の処理が遅くなってしまいます。クラウドはアクセスが集中して重くなるというデメリットもありますし、ランニングコストも高くなってしまうので、これらを乗り越えて導入するほどの有用性はないと考える事務所は少なくありません。

自動仕訳の精度にも問題があって、現時点ではAIのラーニングが不足しているため業種別のサジェストが出来ません。実務上は業種どころか企業ごとに科目をカスタマイズしたいところですが、例えばガソリン代一つとっても一般企業なら旅費交通費、工場なら燃料費、運送会社であれば車両費といったような、個別の要求に応えるためには結局人手が必要になります。

帳票にしても金融機関ですら月に1度の試算表で多くの場合はこと足りる訳ですし、これらの実情から本質的にローカル処理の方が優れているのではないか、現時点でDX化の必要性をそれほど感じない、と思う事務所が少なくないのも自然なことではないでしょうか。

当社におけるお客様への提案という側面からも、既に自計化している企業であれば上手くいくケースもある、という程度のスタンスです。あまり詳しくない経営者からクラウド化イコール良いこと、という単純化した前提で導入を依頼されることもあるのですが、先にお話したような現状や、3万円〜10万円の費用が必要であることなどを丁寧に説明します。引き続き当社が処理を請け負えば追加費用はゼロ円で済むところ、中途半端に利用してもお客様にとって良いことはありませんし、当社の手間も増えてしまいますしね。」

Q. 税理士事務所の採用と教育、組織についての現状と今後は?

「既に話題が出ましたが、採用はなかなか厳しい状況です。AIの台頭により淘汰される職業として挙げられてしまうことが多い影響なのか、必ず税務をやりたい、企業には勤めたくない、という税理士志望者以外の一般的な層は、同じような仕事であれば安定していて待遇も良い大企業の経理部を選択する傾向があるようですね。当社への応募者で税理士と経理部を天秤にかけたというケースは無かったので、応募前には指向が分かれているんじゃないでしょうか。別業界の未経験者を採用して会計事務所的教育を施すという方法が主流になっているような話も耳にします。コロナ禍では大手の事務所が失職したコミュ力の高い飲食店経験者を営業担当にしたり、経理ではないにしろ数字まわりの業務に強いパート職を採用するなど、全くの外部から人材が流入することも増えているようです。

教育に関しては、ある程度の規模にならなければ『体制が整っている』と公言するのは難しいですよね。自信を持ってそう言える事務所の方が少ないと思います。気持ちはあっても採用難に加えてすぐに辞めてしまうということもあり、体制を整えたくてもなかなか難しいというのが現実です。しっかりした教育体制を求める税理士志望者は、最初から一定規模以上の税理士法人などに目が向いているのではないでしょうか。

採用難が続く以上、組織構成としては大規模化と一人事務所の二極化傾向もまた続くように思います。」

Q.貴事務所が得意とする業務についての現状と未来予測は?

「私は経営戦略や将来の方針、家計まわりに至るまで、相談ベースの業務を得意としています。AIの進化により士業が淘汰されるというのはかなり昔から言われているテーマですし、子どもが税理士になりたいと言ってきた時には考え直した方が良いと答えたのですが、逆に最近は人間にしか出来ない自社の強みに自信を持ってきました。

例えば変更登記などの情報を書き変えるだけの業務や、オンライン上で完結する簡易なプログラミング処理などは、確かにAIによる代替の可能性が高いと思います。しかし、会社設立業務などはまだ頭を使う余地がありますし、これがディープラーニングによって将来的にAI対応が可能になるとしても、機微に触れる相談は人間にしか受けられないと思いますし、謝罪は人間にしか出来ません(笑)。

エストニアは『税理士のいなくなった国』と言われますが、これは電子化というよりも簡素な設計の税制に依る所が大きい訳で、他国では全く同じような状況にはならないと思います。むしろ複雑な税制のまま、誰もがそれなりにシステムを操れる世界になるとすれば、マネーリテラシーは今後更に重要化してくるのではないでしょうか。こうした世の中の変化に合わせて、資格を取った先の実力をどう身につけるのか、ということが益々求められると思いますね。」

Q.これから生き残っていける士業事務所の条件とは?

「以前から『コミュニケーション能力があれば事務所は大きくなるよ』とアドバイスしていたのですが、今でもその通りだと思っていますし、重要度は増してきているのではないでしょうか。お客様の気持ちや悩みに寄り添えるということは非常に大切ですよね。直接解決に携わる訳ではないのですが、トラブルなど弁護士への紹介案件についても、話が持ち込まれた段階で『大変でしたね』という姿勢で親身になることでお客様は安心してくれます。傾聴やコーチングのようなスキルがあると良いかもしれませんね。 また、経営そのものに対する理解を深めることも重要です。当社は経営に関する相談が多く、付加価値になっていると実感しています。もちろん売上や数字の流れも大事ですが、普段から経営予測やお金まわり全般について適切なアドバイスが出来ているからこそ別件でも頼っていただける訳で、結果的に他士業への紹介案件であったとしても『融資についてはいつでもご相談ください』など一声をかけておくことで後につなげることもできますしね。マーケティングや経営戦略が苦手だという方は、業界を絞るのも一つの手です。絞る分だけ深堀りして、特定の業界の経営に詳しくなって戦略的なアドバイスができるようになると良いのではないでしょうか。向き不向きはあるのかもしれませんが、『税理士の仕事じゃない』なんて思わずに、関連書籍や記事などに目を通していただくと、それらはやはり現代の経営に対応していますので参考になりますよ。積み重ねていけば、お客様に色々な話ができるようになると思います。」

藏田陽一 プロフィール

一般社団法人中小企業税務経営研究協会 代表理事
蔵田経営会計事務所 代表税理士

「行列のできる税理士事務所の作り方」(ぱる出版)を執筆しAmazonランキング経営戦略部門1位。
「小さな会社・個人事業者のための「通帳1冊」経理術」(日本事業出版社)を執筆し紀伊国屋書店新宿南店の経営書部門1位。

2008年5月税理士開業、超ホワイト・紹介お断りで所員8名・年商1億円の会計事務所を経営している。
並行して、会員数400名超の一般社団法人中小企業税務経営研究協会から、税理士さんに向けてのサービスを提供している。