高度複雑化する課題に対応する総合事務所化:弁護士法人菰田総合法律事務所 菰田泰隆氏

高度複雑化する課題に対応する総合事務所化:弁護士法人菰田総合法律事務所 菰田泰隆氏

事務所名:

弁護士法人菰田総合法律事務所

代表者:

菰田泰隆(弁護士)

事務所エリア:

福岡県福岡市

開業年:

2013年

従業員数:

93名

Q.士業に起きている総合事務所化について、どう感じるか?

「昔よりは進んでいると思いますが、弁護士業界の総合事務所化が進んでいるかといえば、そこまでではないという気がしています。一方で、税理士や社労士のグループ化は明らかに進んでいますよね。弁護士業界は割と複合的な総合化と、例えば交通事故専門として特化するなど特定の分野に注力した上で規模感を大きくして総合化していくパターンとの両方に分かれている感じがするのですが、それでも確かに昔よりは増えているのかな。

この後も話題に出ると思いますが、恐らく世の中が複雑化し過ぎていて1人の士業の知識経験だけで1つの企業をサポートし続けるということが、そもそも難しくなっているのではないでしょうか。企業に限った話ではなく、個人としても同じなのかもしれませんが。ですから、弁護士のみで構成されている総合事務所であったとしても色々な知識や色々なスタンスの弁護士が必要で、更に当社の場合は社労士や税理士も必要になり、クライアントが求めるものを提供できるメンバーやサービスをどんどん増やしていくという感じなのですが、そのような形でなければ対応できない社会になってきたのかな、と感じています。」

Q.弁護士事務所から総合事務所化しようと考えた経緯と背景は?

「最初に展開したのは社労士業務だったのですが、一番の理由は助成金なんですよ。弁護士の仕事の範疇では助成金のようなクライアントに直接的な利益を与えられるものが非常に少ないのですが、”直接貢献できる”ということの価値は私の中でとても大きなものなんです。例えば当社が助成金で100万円を受給した場合、100万円の売り上げというよりは100万円の利益で、それは売り上げで言うと500万円を受け取ったくらいの感覚なんですよね。ですから、クライアントにも助成金を1本引っ張ってあげることができたら、正直それだけでもう年間の顧問料をペイできているのではないかと思うくらいのインパクトなんです。ただ、助成金に申請するとなると、どうしても給与計算や社会保険に関して管理が杜撰な会社が多くてなかなか取り組めない、そうであれば弁護士兼社労士として必要な整備をやろう、だったら顧問税理士もやってくれないのかというお声が掛かり始めて、確かにそれは全て出来た方が良いなと思いましたので、お客様からの声を具現化し続けた結果として今の形に近づいていったような感じですね。

税理士業務は私が提携先の税理士法人に在籍する形でスタートしたのですが、その後もっと対応範囲を広げたいということもあって、他の税理士事務所を買う形で改めて自前で設立しました。そのあとが司法書士法人ですね。当社は相続業務がメインですので個人のお客様が多いのですが、そうなるとやはり相続税申告に対応できたほうが良いよね、ということで税理士法人を、更に相続登記にも対応して当社で全てが完結すればお客様はもっと楽になるよね、ということで司法書士法人を始めたという流れです。司法書士法人に関してはこのようにせめて相続登記だけでもワンストップでという経緯でしたが、数百社と抱えている顧問先の役員変更や増資など登記変更が必要なシーンが割とありますので、結局は企業からもお声が掛かるようになって商業登記も始めました。こうしてお客様のご要望にお応えするうちに、気付けばストックオプションや種類株式の発行などガチガチに会社法が絡んでくるような難易度が高めの業務が増えてきまして、今はむしろこちらのほうがメインといった感じになっていますね。

このようなプロセスで、現在は弁護士法人・社労士法人・税理士法人・司法書士法人の4社を運営しています。」

Q.総合事務所化の効果は?

「これは明らかにあると思っています。ただし、経営という面から単体での経営と比較してどちらがよりコストパフォーマンスに優れているのか、という考え方や視点となると、総合化が良いのかどうか私にはよく分からないというのが正直なところです。やはり当社のようなスタンスで総合化しようと思うと非常に多くの人員が必要ですし、考えなければいけない範囲も広くなり過ぎてなかなか辛い訳です。もうどの分野の知識も取り溢せないといった感じになってしまいますので、そうであれば少人数や狭い範囲で専門特化していくほうが色々な面では楽かな、と思いますね。総合化は一つ間違えると、専門家集団だったはずが器用貧乏になってしまう可能性もありますので、組織づくりが大変になるということもありますし。ですが、それはあくまで経営目線で見た時の話で、クライアントがどちらを喜んでくれるのかというと、私は明らかに総合化という方向性ではないかと思っています。」

Q.採用や教育など、総合事務所の組織運営に関する方針は?

「当社は少し特殊なスタイルですから、一般的な弁護士事務所と並べて就職活動をしている人には絶対にマッチしないと考えています。”THE町弁”みたいな事務所へも面接に行きます、並行して当社も受けます、特にどちらへの志望度合いも変わりません、というノリで入社にまで至ってしまうと、恐らく普通の事務所とは求められるレベルも内容も全然違っていて、入ってからのギャップが凄すぎると思うので。例えば当社のパラリーガルはクライアントのアテンドだけでなく、事前に案件の内容をお伺いして弁護士へパスするといった対応をしているのですが、多くの町弁の事務所ですと郵便を出してファックスを送って、といった”THE 事務職”だと思いますので、採用時にはこうした一般的な印象との相違点を伝えるようにしています。当社に合う価値観を持っているのかということを一番重要視していますね。

私がよく言うのは”当社は絶対にしんどいよ”ということです。多くの事務所は弁護士を含めスタッフ5人〜10人くらいで、多分5年前も10年前も同じくらいの規模感で特にビジネスとしては拡大していかない、ということが普通だと思います。ですが当社は、比較的短期間でかなり大きくしてきたし、この先も恐らくこれまでと同じようなスピード感で拡大していくので、他所へ就職するよりも何倍も速く走らないといけない、それでも成長速度が速いことは良いことなんだ、自分は成長したいからそれが楽しみなんだ、と思える人にとっては凄く楽しいと思うけど、そうでない人には滅茶苦茶しんどいと思うから、自分はどちらなのかよく考えてね、という話をしていますね。」

Q.総合事務所を組織として成功させるためには何が必要か?

「当社の場合は私が4法人全ての代表ですので、基本的に全体が一つの意思決定で動いていますが、当社のような形は特殊ですよね。恐らく大体の士業グループが、各法人の代表は別の人間だと思います。ですからグループになって総合化していくとはいえ、色々な事務所が寄り集まって一つの看板になっていくという感じになると思いますので、各代表同士の意思疎通というか、意思決定における足並みの揃えかたが上手くいくのかどうか次第、ということになるのではないでしょうか。

例えばグループ内に税理士法人を抱える社労士法人へ雇用という形で入った社労士さんは、恐らく税理士事務所からの顧客流入に期待があると言いますか、安定性を求めている人だと思うんですよね。そうしたケースで各法人の方針に少しずつ齟齬があるようでは、需給がマッチするのかどうかというところで、仮に税理士法人の代表の立場が明らかに上ということであればスムーズなんでしょうけれども、上下関係がフラットな場合は少し難しいように思います。実例としては社労士さんに弁護士事務所へ来てもらって、社労士事務所併設を売りにしている弁護士事務所が最近増えているのですが、その社労士さんに”自分でやれるんで出て行きます”と言われてしまったら瞬時に崩壊するモデルですからね。社労士さんに出て行かれてしまうと併設という売り文句は使えなくなってしまうので、双方のコミュニケーションで上手くやっていますと言いながらも弁護士は社労士の言うことを聞かざるを得ないというか、常に退職というカードをちらつかされながらの運営になっている現実はあるようです。

そういう意味では当社のような、全てのトップが同じ人間であるというモデルは強みかもしれませんね。」

Q.総合事務所の未来と生き残るための条件は?

「より総合化していなかければならない、という感覚ですね。士業という範囲に限定する必要性は全くないと思いますので、最近少し進めているのは本当に士業とは全然関係のない分野です。例えば中小企業の社長は割と年収の高い方が多く、節税に関するご相談をよくいただくのですが、そうした方々が社長という立場ではなく個人として節税するためにアメリカの不動産を購入できるルートをご紹介する、といった感じですね。あくまで一例であって社長個人のことだけには限らないのですが、弁護士業も何も全く関係がないようなラインナップも紹介できるように増やしているところです。

また、当社の課題だと感じている点は、グループとして表向きには総合化を進めていますが、全スタッフ1人1人の頭の中が総合化しているかというと必ずしもそうではないのかもしれない、ということです。事務所としては総合化しているものの、各法人の士業者も事務所スタッフも含め、全ての所属メンバーが知識面だけではなく”自社は総合事務所なんだ”、”うちは提供できるものが山ほどあるんだ”、という発想ができているのかというと、それは少し弱いのではないかという気がしています。」

菰田泰隆 プロフィール

弁護士法人菰田総合法律事務所 代表弁護士。社会保険労務士、税理士の資格を併せ持ち、現在福岡若手トップレベルの弁護士。パワーコンテンツジャパン株式会社の顧問弁護士でもある。「士業を極める技術」監修者。