シンガポール在住の会計士は、日本と世界をどう見ているのか?:CPA CONCIERGE PTE LTD萱場玄氏

シンガポール在住の会計士は、日本と世界をどう見ているのか?:CPA CONCIERGE PTE LTD萱場玄氏

事務所名:

CPA CONCIERGE PTE LTD

代表者:

萱場玄(公認会計士・税理士)

事務所エリア:

シンガポール

開業年:

2014年2月

従業員数:

10名~20名

Q.シンガポールで起業した経緯と背景は?

「シンガポール在住はちょうど11年、会社を作ってからは丸9年で来年の2月11日で10周年になりますね。継続できたのは、シンガポールに住み続けたいと思っていることが大きいです。そもそもの動機としては、日本は状況が良くないぞ、海外へ出ないといけないぞ、じゃあどこへ行きますか、シンガポールが良いなという感じでした。

元々アメリカへ行きたかったのですがビザの問題があって行けずに、次はアジアに絞ってベトナムへ行こうと思ったんですよね。内定をもらって現地へ視察に行ったところ、生活のインフラが未整備で家族が暮らすには難しく、ベトナム語という言語の壁も厚かったので、これもやめました。最後は香港とシンガポールを検討して、今まさに香港は中国化していますがこれはもう想定できていましたので、シンガポールしかないでしょうと。

日本は人が少なくなる、価格は下がる、まぁ同調圧力で成功者が成功しきれない、税金が高くて成功しても手取りが少ない、移動時間が長くて体力を使う、など仕事をする上では良いことがあまりないですよね。消費する地としては素晴らしいので、物価の高い先進国に住んで日本に旅行するのが最高のライフスタイルだと思います。

私がシンガポールへ来たのは2012年で、その時は現地採用で外資の会計事務所で勤務するためでした。1年ほど経った頃、自分のモチベーションも含めて色々な意味で続かないなと思うようになり、このままだと切られるだろうという予感もありましたので、起業の準備を始めたんです。稼ぎや自己満足、クライアントにとってのサービスの価値などから、転職ではなく自分でやったほうが良いと判断しました。

そこから1年かけて起業の体制を整え、2年が経った2014年に現地で独立したという感じですね。もちろん様々なことがありましたが、仕事ではそれほど大きなトラブルもなく今日まで来たかなと思います。最大のピンチは私自身のビザに関するトラブルで、そもそも最初の起業する際に発行されず、申請と却下を3年間毎年繰り返したんですよね。次に却下されたらもう家族ごと日本に帰らなければならないという眠れぬ夜を3年連続で経験したことが一番のハードルでした。

却下の理由は口頭でしか聞けず一部だけ教えてもらえましたが、1つはローカル採用が少なかったこと、あとは売上が少なかったこと、この2つです。シンガポールは国として外国人がウェルカムな人間でなければならないので、稼ぎを作るか雇用を増やすかどちらかなんですよね。」

Q.日本との違いや、貴事務所の業務内容は?

「まず日本と比較して競争が少ないです。海外は競争が熾烈なイメージを持っている人も多いようですがむしろ逆かなと思います。確かに、日本国内で士業として独立しようと思うと、切り口としては業界や専門領域、地域など色々あると思いますが、競合が既に何社なのか分からないくらい存在するじゃないですか。しかもインターネットの時代になっているので競合他社が日本全国にいるとなると、万単位になりますよね。

シンガポールはそういう状況ではないので、当社と本当に競合しているのは10社に満たないくらいだと思います。また、人口比で競争環境を考えるのも実は少しズレていて、当社のターゲット層がシンガポール進出される日系企業や移住を望む日本人であって、現地でレストランをやっているローカル企業ではないので、少なくとも当社にとってシンガポールの人口はあまり関係がないですね。

今シンガポールへ進出する企業はWeb3が多いです。日本の税制が変わってきて若干やりやすくなってきているようですが、まだまだ出来ないことがあるのでシンガポールかドバイのどちらかを選んでいるということですね。ブロックチェーン事業固有の論点はいくつかありますが、当社の業務範囲としてはブロックチェーン事業なのか否かということで特に違いはなく、会社を作り銀行口座を作りビザを出して、というあたりの立ち上げと、そこから会計、税務、登記業務などをサポートしています。給与計算や会社の閉鎖まで、バックオフィス系の手続き業務は大体なんでもやっているという感じです。

今でも割と、シンガポール法人を使って何か節税ができませんかという、10年前から続くふわっとしたご相談は多いですね。日本にはタックスヘイブン対策税制があるので無理ですよ、以上です。という結論になることも多く、その場合は当然、当社のクライアントにはならないということになります。当社のクライアントをカテゴリ分けするのであれば、節税と教育を兼ねてシンガポールへ移住したいという経営者の案件が最も多いです。節税だけでもなく教育だけでもなく両方を求めていらして、安全で日本からもそれなりに近いし、ということのようですね。

あまり全体感は分からないのですが、少なくとも当社においてはそれほどコロナの影響を受けていないと思います。確かにコロナが落ち着いてから少しお問い合わせが増えてきた感じはするので、振り返ると多少は減っていた気がするというくらいですね。というのも、元々私どもは日本からお問合せをいただいて、Web会議システムでお話をするという流れなんですよ。コロナの前からこのスタイルですので、オペレーションが変わる訳ではありませんし、コロナ禍でも会社を作ってビザも申請していたので、という感じです。

競合の状況には正直それほど関心がありません。ニッチなので価格で叩かれるということがそれほどないため、他社を気にする必要がないからかもしれません。もちろん競合のオペレーションや価格帯、文化がどうなっていて当社と異なる点は何かなど、それなりに詳しく知ってはいるのですが、基準にはしていないという感じです。価格設定も、見込み工数と社内利益や全体の昇給状況など、主に社内事情を検討材料にしてお受けできる価格で提示するだけで、他社の価格を気にしても当社のアクションは特に変わりません。

また、日本との違いとしてクライアントのITリテラシーが高いということが1つあるかもしれません。紙はもう一切使いませんし、当社の隣のビルにいるクライアントともWeb会議システムで終わらせます。国が狭いので移動距離も時間も非常に短い筈ですが、それでも更にやらないという感じです。当社はシンガポール企業ではなく日系企業や日本人の会社がクライアントですが、海外に来るような人たちはITリテラシーが高い、ということはあるでしょうね。」

Q.貴事務所経営の採用と教育に関しての考え方と指針は?

「経営理念重視ですね。採用時に経営理念と4つのコアバリュー、それから私たちが意図的に作り込んでいる文化などをしっかり伝えて、それに納得してくれた人のみを採用し、採用後も経営理念とコアバリューに沿って人事評価なり権限委譲なり日々の意思決定を行っています。シンガポールでは、終身雇用文化の日本と違い、5年10年と同じ会社に勤める人が少ないことや、日本人が長年海外に住み続けることが家族の事情など含めて難しいことも多いので、日本に比べると定着率はどうしても低いです。そんななか、せめて一緒に仕事をしている間はビジネスパーソンとして成長したと感じてもらえるよう、徹底して教育を行っています。逆にいうと、経営理念やコアバリューに基づいてシビアに人事評価をしますし、成長を期待しているので教育・指導は厳しいかもしれませんね。

現在の人員数は11名で、7〜8割が日本国籍ですが、日本語がペラペラという意味では9割くらいでしょうね。全員が現地採用です。私の場合は日本でのキャリアが7〜8年で既にシンガポールのほうが長くなってしまったので、知らないとは言わないまでも最近の日本との相違は分からないのですが、少なくともこちらには年功序列や終身雇用という文化はありません。

年功序列や終身雇用って別に理論的じゃないと思うんです。終身雇用は雇用法に守られているからそうせざるを得ないというだけであって。シンガポールは解雇も正当な理由があれば別にやっても良いという法律になっていて、もちろん優秀な人が長期で働いてくれれば最高なのですが、そもそも従業員側に終身雇用という意識がないので、誰が辞めてもなんとかなるような仕組み作りが大事です。全員で2,3日かけてマニュアルを最新情報にアップデートする研修会や、未経験者むけの会計や税務の研修など、ちょっとした社内勉強会も多く開催しています。

シンガポール国内でみると、当社は在籍年数が長いほうだと思いますよ。会社を作ってから2〜3年ほどは私がほぼ1人で事業をやっていて、その後で先ほどお話したビザの問題があったので人を採用しなければならないというフェーズに移行して一気に採用したのですが、そこからずっと働いてくれている人もいます。」

Q.海外進出を考えている士業へのアドバイスは?

「会計や税金の知識よりも、言語のほうが時間も掛かるし難しいということは認識しておかれると良いかもしれません。私は受験勉強を全くしていなかったので、監査法人に入った時は英語なんて全然使えなかったんですよ。働きながら”5時間で中学英語を復習する本”みたいな本を読んで、次は高校の英語を復習する本へ進み、英会話教室にも通いまくって、めちゃくちゃ勉強しました。

監査法人を辞めた後は2年間プータローをしていたのですが、その間に筋トレと英語の勉強だけを毎日ずっとやって、アメリカへも行きました。会計士試験の時もそうでしたが、1つやると決めたら全時間をぶっ込むタイプなので、英語も短期間で一気に身に着けた方なんじゃないでしょうか。もちろん帰国子女でもありませんし今でも不自由は多いですが。

よく日常会話とビジネス英語は違うと言われますが、具体的に求められるのは全く日本語が使えないローカルスタッフへ指示ができて、彼らの言っていることを理解できるレベルですかね。むしろ普通の会話はしなくても良いんです。あとはやはり根性も必要で、相手の言っていることが解らない時に笑って済ますということをやりがちなのですが、そこで食いついていけるような気概があると良いですね。また、もちろん仕事ですから言語だけではダメで、きちんと頭を使わないと成長が遅いというのは日本と変わらないと思います。

当社のように、外国に拠点を構えて日系企業の相談を受けるというアウトバウンドが一番始めやすいと思いますよ。逆に日本国内で外国の企業や外国人を相手にするインバウンドのほうが英語力必須なんですよね。私どもであれば税務署や登記の管轄局とのやり取りが英語で、クライアントとは日本語でやり取りをするという形ですが、逆に手続きが日本語でクライアントとのコミュニケーションが英語という形のほうが会話のハードルが高いんです。

基本的にシンガポールは監督官庁が素晴らしく、必要なことは大体もうどこかに書かれていて、やり取りがメールやチャットで済むので直接話を聞く機会は多くないんです。シンガポールにはシングリッシュという特有のなまりがあるので、英語ができても会話が難しい面があるのですが、読み書きであれば標準的できれいな英語ですからね。そうした事情も含めてシンガポールへ進出する日系企業や日本人の移住サポートであれば、英語がそれほどできないという人でもやりやすいと思います。

相手が冗談を言っている時に意味がわからないなど、もちろん会話で困ることはありますが、慣れてくると話している雰囲気で重要かどうかは分かりますし、聞き取れなければ聞き返せば良いですからね。7割は重要でないことを言っているので(笑)、残り3割の中で重要なことが含まれていると思ったら聞き返すか、つまりこういうこと?と尋ねると間違っていればもう1度言ってくれるし、正しければ肯定してくれるので、そういうやり取りのコツみたいなものもあるでしょうね。

これはもう我流で、生きる術みたいなものです。英語ができない人が海外へ出るとバイリンガルのスタッフなどに頼りがちですが、それをやってしまうと言語力が向上しないんですよ。私は先ほどお話した通り起業してから3年ほどは1人でやっていましたので、その間に監督官庁や金融機関との電話や面談でのやり取りなどをめちゃくちゃ必死にやりました。ビザが出なかった時も電話だけでなくウォークインで突撃相談に行ったり、必死ですから100%集中MAXなんですよね。こうした経験が自分の糧になって、コツが掴めてきたということはあると思います。

また、先ほども少し触れましたが、考えて物事を進める必要性は日本と変わらないと思います。考えるということは大きいですよ。例えばこのインタビューにしても、主旨が何でターゲットはどういった層で、私が期待されているのは恐らく海外話であろう、といったことを考えながら望む、みたいな。1つ1つの目的などを考えることができるというのは非常に重要でしょうね。言語プラス、考える頭というのか考える癖というのか、そういうものがあれば、どこへ行っても大丈夫なんじゃないでしょうか。

あとは、会計って士業の中でもとびきりグローバルなんですよね。全世界でほぼ同じですから、そういう意味で会計士は世界に出て行きやすいと思います。税務やその他の法律は国によって異なるので比較するとやはり難しいでしょうが、税務はまだ国際税務という領域がありますから、特に香港やシンガポール、オランダ、アメリカあたりは国際税務ができる税理士であれば全然アリでしょうね。登記や不動産系で海外というのは、ちょっと違うかもしれません。」

Q.今後、シンガポールはどうなっていくか?

シンガポールはまだまだ発展すると思います。香港がああいう感じで倒れたことで、いま競合している国としてはシンガポールとドバイの2択ですよね。ちょうど昨日、クライアントからドバイの現状をお聞きする機会があって、同国は方針がコロコロ変わるらしいので来週にはもう状況が違うのかもしれませんが、現状で言うと皆がドバイから出ていこうとしていて、ひょっとしたらWeb3業界も壊滅的な状態になるかもしれないということでした。

比べてシンガポールはそういうカントリーリスクが非常に小さいんですよね。政権が事実上単独ゆえに安定していて、気候も穏やかで天災は一切ありませんし、中国やアメリカに対しても中立的で、あらゆるリスクが極めて低い国なんですよ。そうしたことからこの国が富裕層に選ばれるということは、ずっと変わらないと思いますね。少なくともこの先10年単位では変わらないと思います。私が来た当初よりも今のシンガポールはポジショニングが凄く強くて良いと思いますよ。

ただ、どんな方にもおすすめという訳ではなくて、独身だったらアリかもしれないというところです。なぜならシンガポールは物価が上がり続けていて非常に大変なんですよ。家族を持つと生活コストが高いので、それを稼ぐのはなかなか厳しいと思います。そういう意味では海外といっても年齢によりますよね。

例えば海外へ行きたい士業がいて、TwitterのDMで私が声をかけられたとしたら、まずはその方の年齢を聞きますね。18歳であれば15年後あたりを見据えた国をお勧めしますし、40歳〜50歳であればそもそも勧めないなど、年代によって狙う国は多分変わる筈なんです。若い方であればインドやサウジ、ドバイも良いかもしれません。

あとは少し飛び道具的な話になりますが、物価の安い国に事務所を作って、日本語がペラペラな現地のスタッフを月給5万円くらいで雇い、インターネットで日本の士業業務をやるという方法もなくはないと思います。プロフィットセンターを物価の高いシンガポールのような国へ持って行き、コストセンターを安い国へ持って行くという、昔ながらのグローバルな展開というのは今でもアリで、士業もやろうと思えばできるのではないでしょうか。ただ、日本人でも難しい士業業務を日本語で対応できるポテンシャルのある方を新興国で探して、そういった方々を教育できるマネジメント人材も見つけなければならないという現実からするとAIを使った方が早くて安いかもですが。あと、物価でいうと国というよりは地域で見た方がいいかもですね。実際、日本の地方とタイのバンコクあたりだと物価は一緒くらいかもしれませんし。」

萱場玄 プロフィール

シンガポール事務所代表、公認会計士(日本)、税理士(日本)、プロフェッショナルカンパニーセクレタリー(シンガポール)、Xero公認アドバイザー、経営心理士

あずさ監査法人、米国留学、東京共同会計事務所、TMFシンガポールを経て独立、2014年にCPA CONCIERGE PTE LTD創業。経営全般に加え、新規ご相談への対応、実務も幅広く担当するオールラウンドプレイヤー。ビジネスアイデアを考え実行することが得意。