- 事務所名:
-
社会保険労務士事務所ヨルベ
- 代表者:
-
金山杏佑子(社会保険労務士)
- 事務所エリア:
-
東京都中央区
- 開業年:
-
2019年9月
- 従業員数:
-
3名
目次
Q.現在の活動を教えてください
「スタートアップ企業の常勤監査役をしています。
監査役の役割は、株主に代わって、会社の業務執行を監査することです。監査役の主となる活動は業務監査と会計監査です。そのため、士業では、会社法ないしは会計に強みを持っている弁護士もしくは会計士が就任するケースが多く、社労士はあまり多くないかと思います。基本的な会社法の理解や業務に関係する法令全般、会計、内部統制などの理解が求められますので、社労士業務の中で得られる知識だけではギャップが大きいことも背景にあると思います。
一方で、企業にとって初期から定期的に接する士業と言えば税理士か社労士だ、と言われるように、社労士は、バックオフィスで色々な関係者との接点を有していたり、システムの導入のサポートなどのオペレーション業務について他士業と比較して知見が深い面があります。常勤監査役の行う業務の中では、業務監査に関わる社内の様々な申請承認や勤怠管理システムを含むワークフローのチェック、構築に対する助言などは、社労士業務との親和性が高いと思います。また、経営における人的資源の活用も、社労士が強みを発揮しやすい分野ではないでしょうか。」
Q.監査役就任のきっかけと背景は?
「もともと、士業として独立したいということが入り口にあって、銀行を退職した後に弁護士事務所でパラリーガルとして勤めつつ、色々な試験の勉強をしていました。そうした中で、「働き方」が当時の自分にとって親和性のあるトピックに感じられて、社労士を選びました。また、大学の法学部の授業を受ける中で司法試験にも挑戦したい気持ちが強かったのですが、弁護士を目指すとなると勉強期間や就職期間を含めて開業までの道のりが少し長いなと当時は感じました。ですから、社労士試験に合格してすぐ事務指定講習を受けて開業したという流れです。
開業以来、ずっと創業期のお客さまを支援してきました。ベンチャーキャピタル勤務で、初期のスタートアップのサポートを業務の一環である友人がいるのですが、社労士試験に合格したことを伝えると、就業規則や雇用契約書の書き方、バックオフィスのツールとしてはどんなものが良いかなど、色々と質問を受けたりアドバイスを求められたりするようになりました。まだスタートアップと社労士の接点は大きくない印象を受け、そこをカバーできるプレイヤーが増えるのはスタートアップにとっても社労士にとっても良いことのように思い、創業期のスタートアップ支援をはじめました。
資金調達をしたスタートアップにとって、IPO審査は重要な関門の一つになり得ます。ちょうどその頃から、IPOの労務審査が厳しいということが話題になりはじめたように思います。それに伴い、創業の早い段階から労務分野に関心を持つ起業家が増えた印象です。私の事務所に創業期からお問い合わせをいただくケースも、1年間の中で明確に違いを実感するほど増えました。
社労士として創業初期のサポートを続ける中で、上場審査や上場後の実務を知った上で、先回りした助言が必要だと思うようになりました。(クライアントがすごい速度で成長し、組織規模を拡大していったことへの驚きもありました。)そこで、ツールの移行プロジェクトで関わりのあった企業に、何かできることはありませんかとお声がけしたところ、常勤監査役を探しているというお話をいただいた、というのが監査役就任のきっかけです。
その企業が1社目の監査役先になったのですが、就任にあたっては、出席したミーティングでのアドバイスや網羅的な視点をカウンターパートである管理役員やコーポレートチームのメンバーなどが高く評価してくれたようでした。
なお、銀行と法律事務所での勤務経験の中で、法律やガバナンス関連する業務に従事してきたことは、監査役に就任する上では活きていると思います。」
Q.監査役の日常業務ってどのようなことをするのですか?
「1年間の監査計画を立てて、その計画に沿って毎月監査活動を進めていきます。取締役会や経営会議といった重要会議への出席、稟議書や契約書など重要書類の閲覧、内部統制の監査、1年間の総まとめとして計算書類(決算書)の確認を行う会計監査及び株主総会への出席、などが大まかなイメージです。
決算書に会社の活動が数字として正しく反映されているのか、期末の時点で報告をします。そのために期中から月次の決算処理をチェックします。また、内部統制といって、あらかじめ取り決めた権限表やプロセス(ワークフロー)に沿って決裁がなされ、社長や社員が独りよがりの不正な決裁を防ぐような仕組みを構築・運用する必要があるのですが、そういったものが正しく運用されているのかも確認します。
外部との接点として、三様監査という仕組みが求められています。監査役と監査法人(会計監査人)、そして企業内部にある内部監査室、この三者がそれぞれの監査を行い、定期的に状況を共有し、連携することで、充実した監査活動を行うことができます。」
Q.現在の社労士の企業への関わり方についてどう考えるか?
「幅広く他の社労士の先生と交流している訳ではないですが、資格を武器の一つに使っている方が多いと感じています。私自身が現在ど真ん中で社労士事務所をやっている訳ではないので、そうした方との関わりが多くなるということもあるかもしれません。
企業との関わり方としては、社労士がもっとスタートアップを支援できる可能性は大いにあると思っている一方で、関わりが小さい理由もわかるなと思っているんです。スタートアップは人員の変化が激しいです。税理士同様、社労士の通常の顧問契約では従業員数に応じてストック的にお金をもらうケースが多く、スタートアップを支援したいという個人的な動機やインセンティブがない限りは、通常の企業をサポートしているほうが安定する傾向にあると思います。
社労士側で意識を変える、例えば、お金のもらい方を変えたり、クライアントへの支援の仕方を変えたりということもできると思いますが、スタートアップ側も初期のタイミングではたくさんお金を出せる訳ではありませんし、士業にはこれくらいの価格感というか、まだそんなにお金をかけるべきところではないというような意識もあるかなと思いますので、双方に若干の課題があるように感じます。今後の関わりという意味ですと、これらの課題が払拭されていけばもう少し接点が増えるでしょうし、この分野での仕事も増えると思います。
国が『スタートアップ育成5か年計画』の中で関わる専門家を増やしていきましょうという指針を出していますし、VCは初期段階で専門家にちゃんとお金を払ってリスクヘッジしておくことの重要性を理解しているものの、支援先の上手い座組やご紹介をできていない部分があるという話も聞きます。
創業期からしっかり費用をかけて労務管理体制を万全に整えるのが理想ですが、リソースの限界もあります。私自身、創業初期のリソース制約を意識した体制構築を提案してはいるものの、IPOの監査経験を活かしたノウハウの構築は、まだまだ試行錯誤段階というのが正直なところです。
例えば資本政策では”後戻りができないから”といったようなワードがよく使われています、株主の構成や比率は後から変更しづらい(ので初期から正しい知識を持って選択をしましょう)という意味です。日本の解雇規制や未払残業代の消滅時効延長などを考えると、これは労務にも同じように当てはまります。そこで、これは開業した時からの目標ですが、労務政策のスタンダードを生み出せると良いなと考えています。」
Q.今後の時代の中での社労士の可能性は?
「可能性は非常に大きいと思っています。働き方改革が進んでおり、コロナ禍では離職や休職、雇用調整助成金のニーズがありました。直近では人的資本経営が話題になるなど、人事労務分野への関わり方の可能性は広いと感じています。
私は監査役という立場でも企業に関わっていますが、社労士という特性を活かしたアプローチは磨いていきたいです。社労士が監査役にいることでこういった役割を果たせるんだ、という事例が増えれば自分にとっても嬉しいことですし、社労士にとっても企業にとっても良いことだと思います。」
Q.これから生き残っていける士業の条件は?
「自分の言葉を持っていて、それを伝えられるということが重要だと思っています。監査役の業務範囲は、適法性監査なのか妥当性監査なのか?という論点があるのですが、前者は文字通り法律に沿っているかを確認することが監査役の業務範囲で、監査役は経営のガードレール的な役割であって、その経営判断が本当に企業価値の向上に至るかどうかを検討するのは取締役の役割である、というような考え方です。妥当性監査とは適法であるかどうか、からさらに一歩踏み込んで、経営陣の意思決定が企業価値の向上に資するような妥当で合理的な判断なのか、というところまで見るという考え方になります。
監査役という仕事に取り組む中で、様々な場面で痛感することがあります。それは、適法性のアドバイスって、それ自体はさほど難しくないものだということ。なぜなら誰が言っても正しいことは、私自身の説得力というよりは、情報をいかに正確に収集して分かりやすく噛み砕いて伝えるかという取り組みになるからです。順当な局面に対しては正しさでいいんですけれども、必ずしも順当にいかないことがあった時には、やはりもう少し踏み込んだり、素朴な疑問を投げ込める人間力と言いますか、自信や強さ、胆力みたいなものがどうしても必要になると感じています。
士業としても同じで、これまでは正しさの担保だけで勝負できる側面もあったと思うのですが、生成AIが出現する中で、妥当性に踏み込んで寄り添える役割が、今後より求められていくと思います。
「正しさ」も事実としての正しさは一定ありますが、判断軸や立場、見方によって何が正しいかは変わってくるものだと思います。企業経営にしても何でも、目的やビジョンがあってはじめて、それに向かってみるとこの選択肢が正しいよね、ということが出てくるものですよね。一部分だけを見てこの方法が正しい、と判断する考え方はよくあって、色々な”正しい”の判断があるんだけれども、目の前の相手はこういう理由で正しいと判断していて、そこの説明に納得できればそれが良いと判断できるように思える、ところが実際には本来の目的へ向かうためにはその結論は正しくない、というケースも往々にしてある訳です。どこまで抽象度を上げて考えるべきかは場面によりますが、常に拠り所となるのは会社のビジョンやミッションです。
問いの前提として相手とビジョンを共有する、ビジョンがなければ、そもそも何のためにやっているのかといった根本を問い直すということが大事だなと思っています。具体的な業務レベルでも同様です。例えば上場準備の中で様々なチェックや書類の保管フローを整えることが必要になるのですが、こういったものをどこまでやるのかというのも会社の抱えるリスクに応じてさまざまで、審査官によっても何をどこまで細かくみるかは異なるケースもあります。最終的な判断は、会社が適切だと思ったルールを採用して、その理由が合理的で抜け漏れがなく、致命的なエラーがなければ良いということになりますが、会社側は専門家に対し、この業務はどの範囲まで細かくやるべきか教えてくださいという問い方をします。
そうした問いに対して、そもそもどういう業態で、何がどこまで必要かという、”そもそも”の整理から一緒に行えると、出てくる答えやその後の運用の精度はガラッと変わります。”そもそも”から一緒に考えられるような士業になりたいなと思いますし、そのためには普段から”そもそも”を問うような思考や会話を増やしていく必要があると思っています。」
社会保険労務士事務所ヨルベ代表・EVリサーチ&コンサルティング株式会社代表取締役。東京大学法学部卒業後、メガバンク、法律事務所勤務を経て、2019年に事務所設立。スタートアップの労務管理を軸に、起業家からの相談対応や執筆活動に注力。共著『IPOの労務監査 標準手順書』(日本法令)。現在はスタートアップの常勤監査役を務める。