世界から見た日本の士業:One Asia Lawyers 森和孝氏

世界から見た日本の士業:One Asia Lawyers 森和孝氏

事務所名:

One Global Advisory / One Asia Lawyers Group

代表者:

森和孝(弁護士)/栗田哲郎(弁護士)

事務所エリア:

ドバイ/シンガポール、東京、その他東南アジア、南アジア各国

開業年:

2016年7月

従業員数:

約300名

Q.現在の事務所経営の状況は?

「事務所全体ではあらゆる領域をカバーしていますが、私個人としては、分野としてはバズワードで言うところのWeb3ですね。ブロックチェーン技術を用いたビジネスモデル構築やトークンの発行などについて日系の企業をサポートすることが多く、何とか日本が世界で戦っていくためのスキームを作っています。日本国内でやれる範囲でやっても良いのですが、規制で両手足を縛られた状態でやるよりは自由に戦ったほうが早く成長できますので、そのお手伝いをしているという感じです。弁護士としては基本的に顧問としての日常的なリーガルアドバイスやライセンスの取得、どの国で展開するのかを選定したり、といったところですね。

また、起業家への投資も行っています。会社設立前の時点からご相談を受けることが多く、沢山のスタートアップを見ている中で応援したいという気持ちもありましたので、元々は最初の資金調達を手伝いましょうか、という感じで始めたものです。投資家の中に弁護士が1人いると、やはり信頼度が上がるということもありますしね。もちろん、合理的に考えた上での成長を見込んだ投資という側面もありますが、例えばプレスリリースの際に名だたるエンジェル投資家と一緒に自分の名前が初期投資家として並びますので、そうしたブランド戦略的な効果もあります。

最初はできる範囲で、と思い投資していたものが、例えば1社上場すると何倍にもなりますので、それを元手にまた投資するということができ、いつの間にかエンジェル投資家になったような形です。

Web3に関わる弁護士は凄く増えましたね、今や、企業法務やっている弁護士には、Web3に一切関わっていませんとはなかなか言えない状況だと思います。というのも、色々な企業が何かしらの形でアプローチしてくることが増えているためです。イデオロギー的な側面もありますので、Web3は全くやりませんというスタンスもそれはそれで1つのポリシーだと思いますが、そうでない限りはもう全く関わらないということは難しいのではないでしょうか。

当然、経営者や経営幹部などはコンサル等から色々な話を聞いていますので、最近DAOというものがあるらしいが使えないのかという話が部下に降りてきて、じゃあ弁護士に相談しようかという流れになることも多いので、知りませんとも言えないでしょうからね。

2〜3年ほど前は情報が全くなかったので手を出すことが難しく、そうした案件は我々のようなWeb3専門でやっていますという事務所へ依頼が来ていたと思いますが、今では書籍なども豊富で、ある程度はハンドリングできるようになっていますので、弁護士も、ご自身で勉強して対応するという方も増えているようですね。相談が増えてきたし、これは結構お金になるね、ということで日本国内でも案件自体がかなり増えてきていますし、シンガポールにもWeb3の弁護士という立ち位置の人も増えてきています。

ですから、本当は私もシンガポールでゆったりのんびり温泉にでも浸かっておきたいところですが、まぁ温泉はほとんどない国ですし、結局また(私の嫌いな)競争が生まれるということで、もう少し活動領域を広げようと思い、昨年あたりからシンガポールには1年のうち半分の滞在に留めようと決めて動いている感じで、今は年の半分はドバイにいますし、ヨーロッパ滞在も増えてきました。」

Q.国内外における士業、弁護士業界の現状をどう認識しているか?

「AIやDXが話題なので、そこに絡めて話すと、昨年話題になったfreee登記・許認可など、日本では申請業務が無料化する流れがあり、また、急成長するAIによって士業の仕事がなくなるのでは?という話題も多いですが、そう言う意味では士業のDX化やDXへの置き換えは、日本は結構進んでいる方だと思います。アメリカ実務についてはそれほど詳しくありませんがAIサポートの導入等、こちらもDX化がかなり進んでいるという印象です。他方で、シンガポールやドバイ、イギリスなどの一部ヨーロッパでは基本的に申請フロー自体がデジタルで、UIも優れていることが多く、自分でもやれてしまうものも多いので、元から申請業務に士業があまり必要とされないんです。

また、日本のように士業が細分化されていませんから、法律を扱うのは弁護士しかしないことが多いです。他方で、申請業務やコンサル業務を積極的に扱う弁護士は少なく、様々な士業がビジネスの入口から出口までサポートするというのは日本の特徴の一つかもしれません。

私の知っている範囲の海外の国々では、士業の業務の中心は、圧倒的に紛争処理であり、その部分のAIによる置き換えは非常に難易度が高いので、そもそも、海外は日本に比べれば士業に代替するサービスが生まれ辛い土壌と言えるかもしれませんし。

その裏返しとも言えるかもしれませんが、シンガポールやドバイのローカル弁護士は訴訟を念頭に置いていて、あまり顧問という考え方もなく、ある意味では待ちの姿勢ですので、結構コンサバだったりします。様々なシステムを使って、豊富なバリエーションでサービスを充実させて、顧客に提供していこう、というサービス競争のような姿勢はあまり見えません。需給バランスが割と上手くコントロールされていたり、経済がずっと右肩上がりだったりして、私の知る限り海外の弁護士は、事務所ごとの専門性を打ち出したり、宣伝広告を活発にやるなどの日本的な経営努力というのは少ないのかもしれません。しかも日本と比較して業務単価はだいぶ高いです。

今はドバイに滞在していますが、当地ですと、1時間あたりの単価が10万円を超える弁護士も多く、専門性が高い場合は1,000USD(約14万円)くらいが相場とも言われています

もちろん我々のようにOne Asiaというブランドを海外展開していく上での提携という形ですと、先方としては案件が入ってくるようになるというメリットがありますので、こちらに寄せた単価にしてくれるということはありますが、事務所に一般客としてアクセスすれば、前述のような単価を提示されるわけで、何だか余裕だなぁという印象は常に受けますね。

正直なところ、日本は安くし過ぎている気もします。例えば弁護士や税理士顧問もケースによっては1万円を切っていたりする訳じゃないですか。スタンダードな場合でも、私も日本にいる時は同じような価格設定だったと思いますが、5万円でメールや電話の相談は無制限みたいな。国内の相談だけですと、競争が激しくて、それくらいでなければなかなか仕事が取れないんだと思います。大きな企業がそれなりの事務所へ依頼する際も、そのくらいの単価で依頼していることも最近ではよくあるようですから。

しかし海外の案件が来た瞬間、例えば、先の例の事務所を使えば、外注費だけで、1時間に10万円支払うということになる訳で、海外だとアクセスが限られて、他に幾らでも探せる国内と状況が違うとしても、凄く勿体無いという気はしています。例えば相談無制限で固定額のサービスとなると、10社ほど顧問を抱えるともう手一杯になってしまう訳ですよね。経営的になかなか安定せず、単価も上げづらくなる悪循環が生まれてしまう。 そうなると、企業法務の顧問契約のみをやって、専門性を高めて発揮していこうという事務所はどうしても減ってしまう。「なんでも対応できる」というのも一つの価値ですが、同業者間、他士業との間、さらには民間企業の無料サービスとの間でも激し競争に置かれている日本の士業にとっては、「顧客の分野を偏らせる」ことで自らの専門性を半強制的に磨き、そのことで業務の効率性は上がるので、そこでできた余剰時間によってより専門性を高めて単価をあげる、という好循環化が必要不可欠だと感じています。

先ほど海外ではそれほど競争が激しくないと申し上げましたが、訴訟ばかりを受けている事務所は別として、やはり皆それぞれの専門分野があります。また、彼らの国内市場の小ささという問題もありますが、国内だけが対象ということがそもそも少ないので、「渉外弁護士」という概念もほとんど意識しません。ですから基本的には色々な国の事務所と協業することが前提で、パートナーシップを結びながらやっていくという感じです。

日本は良くも悪くも、十分とは言い切れないまでもマーケットがまだそれなりに大きいですから、競争が激しくなったと言っても生活できないほどではなく、従来の形で成立してしまっていると言いますか。例えば、従来からWeb3を専門としてきた日本の弁護士の方々は、今でもずーっと引っ張りだこで、なかなか他の弁護士が現れてこないというのを見ていても、日本で内実の伴った専門性を新たに持つというのはなかなか難しいんだろうなと思います。

私は2010年から弁護士として活動を始め13年になりますが、士業界全般に対して持っている印象は、それほど変化がないというのが正直なところです。ただ、拡大志向ではなくコンパクト経営を好む傾向であったり、不動産経営など他の事業もやっていたり、プロダクトを世に送り出している経営者弁護士が増えていたり、そういった意味では多様化は進んできているなと感じています。

個人的には、多様化という文脈においても、専門性を持つのが一番効果的だと思っています。専門分野の上にわかりやすい自分のポジションを持つことで、一緒にビジネスやらないかという誘いも増えますし、チャンスが沢山舞い込んできます。

ちなみに、専門性を磨く上で一番重要なのは恐らくクライアントと一緒に成功事例を1つ作れるかどうかということではないでしょうか。1つでも作れると、そこから一気に広がります。ですから、これは面白そうだなと思えるものがあったら、最初の1つは費用や売り上げなど度外視でとことんまでやっちゃう、みたいなこともアリだと思います。」

Q.現状、貴事務所が永続できている要因はどこにあると考えているか?

「パートナーでありながら、事務所経営のことは、私はほとんどノータッチなので、私個人での話にはなりますが、そもそも、事務所経営には興味がない一方で、スタートアップの経営には凄く興味がありました。ですので、中小企業診断士の資格も取って、弁護士3年〜4年目くらいまでは企業診断など色々なことをやっていました。中小企業の悩みやマインドはこの頃に吸収できた気がします。そもそも生まれが、零細の個人事業ではありましたが、大阪の商売人の家で、商売人のポテンシャルだけは持っていたと思います。

ただ、裁判は裁判で好きでした。戦略を立てて誰も気づかない視点を見つけることに喜びがありました。誰にでもできることには興味がないという点では今の仕事とも共通している感じでしょうか。ですが自分で何かを生み出すほどのスキルや才能はないと自覚してますので、誰かの妄想を言語化して、ロジックを組んだり、ある意味突っ走っているような人との相性が良いということはあるかもしれません。

起業家として仕事をするという領域の中の1つに弁護士がある、という感じでしょうか。やはり好きでなければ投資までやろうとは思わないですしね。そんな弁護士らしくないところが、逆に皆さんに評価していただいて、事務所の発展にもお貢献できているのかなとも思っています。」

Q.業界のDX化についての所見は?

「最近よく、AIと人間の相性の良さみたいなものがあるな、と思っています。機械に対して凄く感情を持っちゃう自分もいて、いつもChatGPTとやりとりをしてしまうのですが、結構もう人と関わっているくらいの感覚になる訳ですよね。あれは裏で動いているのは、関連する用語を連ねて確率の高いものを繋いでいっているだけの、思考のない出力に過ぎないんですが、多くの人がChatGPTに感動したのは、その言葉と言葉の繋がりに人間自身が文脈を読み取っているからですよね。また、想定外の回答であれば、そういう見方があるのか、それに気が付くAI凄いなと感心する。

結局、人間の能力の凄さに対して逆に感動している訳ですよ、何と言いますかAIを生活に取り入れる人間の懐の深さみたいな。ですから、人間もこのやりとりによってどんどんバージョンアップしていく訳です。当然小さな子どものうちからAIに馴染んでいると、どこかにまた凄い天才が現れて、これに感情を植え付けることも、きっと将来できると思うんですよ。

今は判断の過程がなく、感情が全く作りだせないという意味でChatGPTがAIの限界を世界に見せている段階だと思いますし、これなら私の仕事を代替することは多分ないだろうな、と多くの人が感じるような大したことはできないオモチャですが、いつかはシンギュラリティというか人間を超える時代が来る、スマホのように人間の生活を一変したこともはるかに超えることが起こるでしょうね。

短期的にはそれこそ本当に事務作業だけが入れ替わっていくと思います。改札機がなくなってモギリという職業もなくなってしまったように、メモを整理する、書き起こしや翻訳するという仕事がどんどん減ってはいくけれども、本当にその人にしか出せない魅力というものを発揮できる人たちは当然残るじゃないですか。

世界レベルで話をすると国で固定されている部分が結構あって、ドバイではタクシー運転手は多くがパキスタン人で、建築労働者の多くはバングラデシュ人であるとか、世界中の家政婦さんの多くをフィリピンからの移民が担っていたり、シンガポールでは接客業は、マレーシアからの出稼ぎの方が多いとか、こういう現在の固定化されたものが、一旦なくなる可能性がある訳ですよ。カタールのサッカーW杯の際にも問題になりましたが、移民労働には、いろいろな社会問題も絡んできますので、受け入れ側の国では、機械やAIでの代替が推し進められていきます。

それは収入源がなくなるという一時的な痛みではありますが、それでその国が滅びる訳ではなく、やはり考えますよね、別の自国の産業を育成することが強制されます。アフリカでデジタル化が先行しているのは、逆にインフラが整っていなかったことで普及が早かったという側面があるように、徐々に職業の固定化による格差をなくす方向で自助努力が強制されていくので、長い目で見れば良い面もあるのではないかな、とも思います。」

Q.貴事務所が得意とする業務についての現状と未来予測は?

「私個人が得意なWeb3についての回答になりますが、これはなかなか難しい、未来予測ですね。少なくとも一時期のWeb3バブルは収まったと思います。まず概念が広まって少しずつ形になり、ユースケースは出てきたけれどもそれによって逆に幻滅期が今来ている、という感じでしょうか。とはいえ冬の時代を迎えて1年以上になるのですがコアな部分は全然熱が冷めていなくて、水面下で着実に進化している面は多々あります

日本はあまり冬の時代の影響を受けていませんが、海外は凄く影響を受けています。既に資金調達済みであればなんとか冬を越せるものの、今から調達するには投資家の目がより厳しくなっている分、何でも資金が集まるということは全くなくなっています。恐らくAIも来年あたりには同じように幻滅期を迎えて、この程度のことしか出来ないのかと、また投資熱が冷めるフェースが来ると思います。

ただそれも一時的なもので、その間に潜伏していたスタートアップがまた面白いプロジェクトを出してきて登り調子になっていくというか、バブルは再来しなくて良いと思いますが、徐々に浸透していくようなフェーズに入るという感じで見ています。やはり皆さん儲けたいですから「バブル来い」とは言いますが、急激なバブルよりは静かに定着に向かっていくことが重要で、徐々にそうなっていくという感じでしょうかね。

マスアダプションとは言わないまでも、一応はブロックチェーンという言葉はほぼ誰もが知っているという状況になってはいますが、ここからさらに、知らないうちにブロックチェーンに支えられたサービスを使っていました、みたいな層がどんどん増えていくという感じではないでしょうか。」

Q.これから生き残っていける士業事務所の条件とは?

「もちろん毎日チャレンジするということが1つありますが、どうしても日々の依頼を打ち返すことが仕事になりがちだと思うんですよね。無難に、遅れないように対応していく、それも大事なのですが、何と言いますか自分のブランディングという意味もありつつ、その紛争の真の解決により近づけるですとか、どうすればもっとクライアントの本当の成長に貢献できるのかを考えてそれを表現していくというようなことが大切だと思います。

要は、もう少し先を考えるといいますか、例えば労働紛争が増えているのであれば、どうすればそれが減るのかを真剣に考えてどんどん発信していく。、そうしたことを意識していれば毎日凄く調べるようになりますよね。日本の制度だけじゃなくて、海外ではどうなっているんだろうとか、そうすると一段高いレベルで仕事ができる気がするんですよ。

私はSNSを使って、こういうことをどんどんやっていきたい、切り開いていきたい、という発信をしていることで、それを見た方が、自然に重要なキャラクターと繋いでくれるようになるんですよ。ゲームで言うとRPGをやっているような感覚に近いかもしれませんが、1つ1つ攻略していくというか、町人と色々な話をした結果、設定が変わって次のステージへ進めるじゃないですか。Web3という常に規制が変わっていく業界で、もうこれは八方塞がりかも、ということはが何度かあったんですよね、もう撤退しかないのか、みたいな。でもこれでいける、という光を誰かが与えてくれるというか、見つけることができるというのがあって、「猛烈に仕事をしている」ことよりも、「いざという時にすぐに動けて、経験や人脈を駆使して、さっと次のステージへの鍵を渡すことがきる」ことが士業にとっての価値だと思っています。

最近も、ドバイではサウジアラビアの話題で持ちきりなので、「サウジアラビアに飛んで、当地のデジタル業界に食い込んでいきたい」とSNSで呟いたら、サウジアラビアの重要人物を紹介してもらえました。サウジは今「サウジビジョン2030」で巨大スマートシティ計画「NEOM」を掲げていて、凄い未来都市だと大注目されています。ムハンマド皇太子が石油資源の依存から脱却する改革を進めていて、中東にあって考えられないレベルの規制緩和が進んでいます。

とにかく、動いて、気が付いて、呟いて、結果を出す、それの繰り返しでしかなくて、シンガポールに初めて来たときも、ドバイに初めて来たときも、人の繋がりで全てが広がっていったので、もちろん、それに対して何かお礼ができればと色々考えますし、実際に何かで貢献することもあります。ですが、紹介してくださった方も誇れるような結果を生み出すことがいちばんの恩返しになると思いますので、そういう好循環を生み出せると、個人としても事務所としても世の中に必要とされて生き残っていくと思いますね。」

森和孝 プロフィール

弁護士法人One Asia パートナー弁護士, One Global Advisory(ドバイ法人)代表, 神戸大客員教授、シンガポール国立大学客員教授 、経産省『対日直接投資推進会議』有識者委員、日本ブロックチェーン推進協会アドバイザー、シンガポールに移住した2017年から日系企業のweb3事業のグローバル展開支援をメイン業務としながら、海外で挑戦する多くの日系スタートアップにエンジェル投資を実施。2023年にドバイにweb3コンサル会社を設立し、シンガポールとドバイの2拠点生活を開始。