KIYAC:千葉直愛法律事務所 代表取締役 千葉直愛氏(弁護士)

KIYAC:千葉直愛法律事務所 代表取締役 千葉直愛氏(弁護士)

事務所名:

千葉直愛法律事務所

代表者:

千葉直愛(弁護士)

事務所エリア:

大阪府大阪市

開業年:

2020年5月

従業員数:

1

Q.士業の業界のDX化についてどう感じているか?

「この流れ自体はずっと前からあったと思いますが、コロナで一気に来たな、というのが実感です。弁護士領域ではないのですが、恐らくキーになっているプロダクトとして税務会計領域のクラウド、特にマネーフォワードとfreeeの2社がやはり気になっています。あとはHRテックも同様ですが、大型のSaaSが電子契約や請求書発行などの細かい業務を全部吸い上げていって、スモールビジネスを始める人達が絶対に絡め取られる世界が一つ出来上がってきたなと感じていますね。そして士業もそれを前提にしなければ仕事ができない環境が、コロナで一気に進んだという印象です。

士業は意識が高い人と低い人との差が極端に開いているように見えますね。実は弁護士業界の平均年齢は下がっていて、10年ほど前からいわゆるロースクールで大量に合格者を増やしましたので、私自身もその世代に当たりますが20代がどんどん受かっていくということが今も続いています。つまり弁護士業界は日本の人口構成と比較してしてかなり特殊な比率になっていて、若い人たちはITツールに対するアレルギーがありません。年齢は割とキーになりそうに思えますね。一方、税理士さんの平均年齢は60歳で、4分の3が50歳以上ということですから日本の人口ピラミッドと同じような形で、この山になっている層がクラウド会計ツールを使いこなしているかというと難しいようですので、士業によってもかなりの差が出ているのではないでしょうか。未だにFAXと電話が当たり前という士業事務所はまだまだ全国にあって、特に地方はその傾向が強いようですね。また、意識が低い層は危機感が薄いようにも見受けられます。」

Q. KIYAC(キヤク)とは何か?

「一言で申し上げますと、いくつかの簡単な質問に答えるだけで色々な法律文書が数分間で作れる、というサービスです。弁護士が監修する法律文書ジェネレーターですね。元々はWebでお仕事をしている人に必要なものを作ろうということで、プライバシーポリシーや利用規約、特定商取引法に基づく表示などからスタートしましたが、今日(インタビュー実施日)の時点で68種類の雛形を提供しています。入出力はシンプルで誰にでもわかりやすいUIを追及したもので、自動生成された文書は.docx形式で出力できますので、即座に編集したりそのまま利用することもできて使い勝手が良いと思いますよ。生成された文書は弁護士にリーガルチェックを依頼することもできます。協力弁護士が得意分野を活かして随時開発を進めていて、雛形は近々に100種類を超える予定です。毎日リアルタイムで数字が自動更新されていますので、是非チェックしてみてください。無料のプランもありますので、実際に触ってみていただけると嬉しいですね。」

Q. KIYAC開発の背景や効果は?

「私の素朴な職業体験がきっかけです。弁護士としては若い起業家からの相談を受けることが多く、いわゆるスタートアップ界隈の業務をしているのですが、彼らは基本的にお金がないんですよね。例えば新しいWebサービスを作るとなった時に、利用規約やプライバシーポリシーが必要だということは知識として理解していても、特に法律の勉強をした訳ではないので自分で作ることはできない、とはいえ弁護士さんに頼むといきなり10万円くらいを請求されるのでそれも払えない。そこで彼らがどうしていたかと言うと、ネットに落ちている自分のサービスと似たような内容の利用規約を丸々コピペして、会社名だけを変えて”無料の範囲で見てくれませんか”と言ってくる訳です。ひどい例ですと、会社名を変えることすらせずに別の会社の文書を持ってくることもありましたね。訴えられちゃうよと(笑)。

こうしたことが原体験にあって、ニーズはあるけどそこにお金を払えないという層が相当いることが分かりました。確かに弁護士費用はそれなりに高いので、何かそこを埋めることのできるものが作れないかな、と着想したのがこの『KIYAC(キヤク)』というサービスなんです。月額換算であれば数100円くらいの負担感で、弁護士が100点満点ではないにしろ60点〜70点でも必要に耐えるような、ある程度ジェネラルなものを作ることができれば使う人がいるんじゃないかな、という感覚で作りました。

適正金額を支払って弁護士に文書作成を依頼する層と、ニーズはあるけれどもそれが出来ないという層では、潜在ニーズとして絶対的なN数は後者の方が多い筈なんですよ。日本のスモールビジネスは何100万社と存在していて、その殆どは顧問弁護士と契約はしていないでしょうからね。若い起業家の場合、資本金は高くても100万円くらい、私の見た中では10万円を切ることすらありました。ですから、士業に支払う設立費用が10万円〜20万円というのは物凄く高いと思われていて、更に利用規約で10万円、プライバシーポリシーで5万円となると払えないというか、払う価値を感じないだろうなと。顧問となると余計に、年に数回ちょっと契約書が必要だなという時のためにわざわざ契約はしないでしょう。

よく言われるような弁護士の仕事を奪うんじゃないか、という意見は少なくとも私の周りからは出ませんでした。と言いますのも、この『KIYAC(キヤク)』がやっている領域は先ほど申し上げた通りで普通の弁護士さんは仕事として受けない領域なんですよね。300円で契約書を作ってくださいと言われても、恐らく誰も作りません。実際に、実はニーズはあるものの、どの弁護士の仕事も奪っていない、という形になっています

開発の効果としては、まず当時こういったサービスは存在しなかった、現在でも恐らく似たようなものは1つか2つくらいしかないと思いますが、そういうこともあって私の取り組みを非常に面白がって声を掛けてくださる方が沢山いたことですね。横須賀さんとも『KIYAC(キヤク)』についてご連絡いただいたのが最初のきっかけでしたが、そういうご縁を多くいただけたのは1つの大きな変化でした。もう1つは、沢山のユーザーさんと接する中で、ヒアリングの機会をいただいてお話することがあるのですが、ある程度自分の仮説が合っていたなということが実感として分かってきたことですね。

皆さん何やらもう、先輩から貰った雛形や数100円で買った謎の雛形を無理矢理に使っていたんだな、という実態を知ることができて、このサービスはそれほど沢山の売り上げや高い客単価を生み出すものではないですけれども、確実に必要な価値を提供しているという実感を得ることができました。最後は、やはりサブスクリプションですので、ユーザー数のカウントが進めば進むほど積み重なってストックになり、きちんとした自分の固定収入にもなっていきますので、もう開発して得をすることしかなかったな、と思っています。

まだまだ小さなサービスですがWeb領域でお仕事をされている方には受け入れていただいている印象があります。ユーザーの声としても、自分が想定していたWeb周りでお仕事をされているフリーランサーやスモールビジネスといった客層から特にご好評をいただいておりまして、そうした方々へ向けた雛形を優先して開発しましたので非常に嬉しいですね。具体的には本当に2〜3分で作成できる上に、ただのダウンロードではなくてお客様が入力した情報がリアルタイムで反映されるシステムになっているので、スーツで例えるとフルオーダーではなくてセミオーダーのようなものが出てくる、更に弁護士さんが監修しているという安心感が喜んでいただいているポイントのようです。ただ、現在はありとあらゆるジャンルに対応した文書が作れるという訳ではなく、スポーツジムやサロンなどWeb周り以外の方々からすると種類を増やしてくれよというご要望がありますので、今はこうした他の領域にも順次取り組んでいるという感じです。」

Q.士業のDX化は、今後どうなっていくか?

「まず、この流れは止まらないんだろうなと率直に思います。ユニコーンやそれに準ずるような規模になったSaaS企業達が恐らくスーパーアプリ化を目指し、当社と契約すれば何でもできますよ、という方向に手を広げていくのではないでしょうか。昨年のホットトピックで言いますとfreee許認可ですが、今後は恐らく許認可の種類も劇的に増えて、更にfreee登記もありますからfreeeと契約すれば手続き系は何でもワンストップで完結しますよ、ということになるでしょうね。もしかしたら将来は『KIYAC(キヤク)』がやっているようなこともできますよ、ということになるかもしれません。

多分それはもう止まらないだろうなと思うのですが、そういったサービスから出力されるアウトプットは、恐らく『KIYAC(キヤク)』同様に100点満点で言うと60点や70点なんですよね、今の技術水準であれば。ですから、残り30点の部分で士業なりの価値を提供することができれば、まだまだ人が力を発揮する余地があるのではないかと思ってもいます。」

Q.今後、士業が生き残っていくためにDX化やAIの活用については、どのような考え方が必要か?

「やはり新しいものを受け入れるしかないのではないでしょうか。よく分からないから使わない、聞いたことがないから使わない、ということではなくて、まず自分が触ってユーザーになってみるという経験をするのが良いと思いますよ。直近ですと、例えば横須賀さんも取り上げていらしたChatGPTなどですが、触ってみた方は皆さんびっくりされたんじゃないですかね。今でこそクラウド会計ソフトは当たり前になりましたが、あれも出てきた当時は結構な衝撃を受けたと思いますよ。銀行の明細が勝手に取り込まれて、記帳業務がなくなるじゃん、私の仕事なくなるじゃん、みたいな。しかしもう驚く人はいなくなりましたからね。

また、ツールを使いこなした上で専門知識を少し添えるというサポートは今、非常に高い価値を持っていると思います。先ほどお話に出たChatGPTにしても、やはりディテールは変ですよね、7割くらいは合っているものの3割くらいは大分いい加減なことを書いていて、詳しくは専門家にご相談下さいなど本当に具体的なことはぼやかしたり。一応マイクロソフトが多額の投資をしているプロダクトでさえ、2023年の春時点ではこのような状態ですので、まだ全然人が働かないといけませんよね。ただ、このようなツールを前提にしてアドバイスをするということは、これまでのゼロから全部アドバイスを起案することとは変わってくると思いますので、これから色々なサービスが出てくる気がします。許認可系は特に要件が各省のサイトに全部書いていますから、その情報を拾われると正確性が問われるような質問には圧倒的に強いですよね、多分。

あとはもう、テクノロジーと一緒に生きていくということについて、正面から覚悟を決めるでもないですけれども、そういうスタンスでいるのが良いのではないでしょうか。もう開業する時から。そして、そのテクノロジーは常に移ろいゆくものですから、自分もコアな価値観や人生観以外の部分では移ろっていく方が楽しく生きられるようにも思います。もっと端的に言うと、そのほうが多分お金も儲けることができるんじゃないかな。」

千葉直愛 プロフィール

千葉直愛法律事務所 代表弁護士
BAMBOO INCUBATOR 代表。
1986年大阪市生まれ。京都大学法学部卒、神戸大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(大阪弁護士会)。大阪市内の法律事務所で勤務した後、2020年に独立、千葉直愛法律事務所を設立。特にシード・アーリーステージのスタートアップ支援を専門とし、多数のスタートアップの社外役員や法律顧問を兼任している。並行して、法律文書を自動生成するウェブサービス「KIYAC」(キヤク)をリリース。すでに6,000枚以上の利用実績がある。士業による起業家支援団体「Bamboo Incubator」の代表も務める。