新しい弁護士像に迫る:しろし法律事務所 山田邦明氏

新しい弁護士像に迫る:しろし法律事務所 山田邦明氏

事務所名:

しろし法律事務所

代表者:

山田邦明(弁護士)

事務所エリア:

岡山

開業年:

2021年1月

従業員数:

3

Q.士業の新規開業者や現在経営中の事務所について感じることは?

「弁護士業界については、資金力のある大手が人を集めて集中的な経営をしているパターンと、ブティック系と言うのか各個の特徴を組み合わせて展開しているパターンがあるな、と思っています。

事務所経営とは少し外れるかもしれませんが後者の話をしますと、15年ほど前に私がロースクールを卒業した頃、業界は大量の弁護士を輩出して業務を拡大していこうというフェーズで、その当時60期〜70期前半くらいに合格した人たちは、ケースによっては倍率100倍にもなるような就職難でした。過競争の受験期を経て弁護士資格を取得したのに、その後もう1度競争があった訳ですが、就職してなお”いや、こっちじゃないな”と感じた人たちが、色々なジャンルに飛び散ったというのが、私が見てきた状況です。

具体的にはGVA TECHの山本さんなどリーガルテックと言われるジャンルの方々で、リーガルというもの自体を利用した色々な領域を生み出していることが、面白い弁護士像のようなものの幅を広げたな、と思っています。

業界全体が拡大志向だった当時の話を先輩からお聞きすることはありますが、かつての業界全体の形について私自身はあまり把握していません。ただ、今明らかに増えているのは自分たちのやりたい形をいかに作るかということを考えている層で、そういう人たちのほうが面白な、と思います。弁護士だけど株式会社やNPOで自分たちのやりたいことを実現していっている、といったことです。ただ、これは考えてみると当たり前のことなんですよね、人間としての複雑性がある中で士業という枠だけに自分を閉じ込めるのは、しんどいに決まっています。

本当はこんなことをやりたいのに士業だったらできない、となるとそれはもう株式会社を作るかもしれませんし、他社に一部ジョインしてインハウスを半分やりつつ士業としても動く、といった色々な形が出てきているな、と思っていますね。」

Q.現在の事務所経営の状況は?

「基本的にはクリエイターのパートナーという立場で、クリエイター専門の弁護士事務所を経営しているのですが、今少しだけ幅を広げていると言いますか、ご相談が増えているなと肌で感じるのが破産に関するサポートです。日本政府が10X10Xといい、起業数を10倍に増やそう、規模を10倍にしようとしている以上は、シンプルに考えると潰れる企業も10倍に増えるんですよ。廃業というものは、ちゃんとした気持ちの良い畳み方をしない限り、もの凄く次のチャレンジへの足枷になってしまいますので、そこを理解している人間が専門家として関わることに大きな意味があると思っています。

ネガティブなニュースですのであまり表に出ることはありませんが、M&Aを考えていたけどクローズして再起を図ったほうが良いのかもしれない、というようなお話は多くなってきているのを肌で感じていますので、今後そこに対応していきたいという気持ちはありますね。

現在の組織構成としては弁護士が私1人、事務所のスタッフさんが2人で、基本的な働くスタイルとしては他の弁護士事務所との共同受任です。私1人ではできないことが沢山ありますので、色々な方にお願いするという形でやっています。もともと弁護士として登録した頃は、エンターテイメント事業を手がける会社で上場の準備をやっていました。無事に上場しまして、その過程でエンタメ領域のクリエイターさん達と非常に仲良くなったり、沢山の方々と知り合うことができたのですが、彼らの本当の課題と言いますか、クリエイターさん達の作品がこの世の中にちゃんと生み出せないという実態を作っている一つの明らかな要因として、リーガルを含む管理やバックオフィス領域がある、ということが分かったんです。

例えばこの契約1つが上手く成立するだけで作品が生まれていたかもしれないのに、という現実がもの凄く実感を伴って理解できましたので、そこをサポートしたいという思いで事業を始めましたね。

実は先述の会社を辞めた後に1度弁護士そのものも辞めていまして、もう本当に何もしてないというニート期間が1年ほどありました。正直なところ”弁護士”に現在進行形であまり価値を感じていなくて、もちろん資格は頑張って取得しましたし、弁護士を専門にされている方々に対するリスペクトはもう滅茶苦茶あって、ある種の職人芸だとも感じますし本当に凄いと思っているんですよ。

ですが、私のコアバリューと言いますか、自分自身の最大化を考えた時に、弁護士資格はそれほどプラスではないんですよね、持っていても良いかな、くらいで。弁護士業そのものを極めたくて仕方がないという方々がいらっしゃいますので、私は基本的にその尊敬している方々が働き易くあって欲しいという意味で、弁護士業界が良くなっていけばと思っています。

ただ、私自身のことだけで考えると弁護士業界がどうなってもあまり関係がないですし、やりたいことの中で少しでもレバレッジが利くから資格を使おうと考えて再登録しましたので。もちろん弁護士法違反などには留意するものの、極論そういうルールが特になければ弁護士として仕事を取っているという感覚があまりないですね。感覚としてはクリエイター、と言いたいのですが、まだ自信を持って言えないというところです(笑)。肩書きってやはり難しいですね、やっていることに紐付いてその都度変わっている感じです。最近はベンチャーキャピタルを作ったことで”ベンチャーキャピタリスト”と言われることもありますし、会社を作っていますので”起業家”、弁護士、本を出しているので”作家”と言われることもあって、という、そういう存在なんじゃないでしょうか。

スペシャリストって究極的には”機能”で、機能で見るということは結局、何らかの代替可能性を常に秘めているということになりますので、恐らく機能以外の部分をやっていくという方向性だと生き残る。物理的に死にませんけどね(笑)、死なないんですけど、複雑性がある人間だからこそ複雑であるべきだということは凄く思っています。」

Q.過去の総拡大路線の空気について、どう感じていたか?

「私の考えがズレていると言われるとそうかもしれないとは思いますが、基本的に専門職は情報を集めたほうが良いサービスを提供できるんですよ。専門性や知識という面だけであれば、圧倒的な1つの存在が情報を綺麗に集約して、それを周りにばら撒いてくれるような状態のほうが絶対に良いんですよね。だから私は基本的にそういう風に頑張ってくれることに対してはポジティブですね、ありがとうって感じです。もう少しこちら側へ分かりやすく提供してくれると、こちらも学べるので助かります、くらいの感じで。

私自身は1度も拡大を考えたことがありません。シンプルに人間性の話になりますが、根本的に誰かと組織内で働くことが向いていないので、無理ですね。もちろん色々なやり方がありますから完全に無理ということではなくて、自分より組織を上手く回してくれる人と組むなどの選択肢もあるのですが、基本的に飄々としていることが凄く大事だな、というのが自分の中にあるんです。組織は本当に向いていないなと思いますので、今後も拡大はしないでしょうね。先ほどお話したエンターテイメント事業の会社は現在、私の大学の同期が代表をやっているのですが、凄く大変そうだなと思ってしまいます。彼も飄々としたタイプではあって、非常に立派で、やっていることも凄いし、その中にあっても依然として飄々たる感じでいる姿はめっちゃ格好良いな、とも思うのですが、やはり向いている/向いていないということと、結局は生き様なんですよね。

私と同年代以下くらいで拡大が良い、という人には会ったことがありませんね、拡大”も”良いよね、という程度で。中には拡大すべき論のちょっと血気盛んな人もいると思いますが、規模の良さというものがあまり価値としては出てきていません。だってそれはそうじゃないんですかね、弁護士は1人でやっていれば利益率7割〜8割はありますので、充分じゃないですか。一瞬だけ茶舞台を返しますが、士業だけではなく売上をどんどん上げているスタートアップ系企業の経営者と沢山お会いする中で、業界的にも領域的にも未だに拡大志向を語る方はいますよ、なんだその程度の売り上げなんだ、ということを言ってしまうようなタイプの。

確かにとんでもなく成長していて凄く成功もしているんでしょうけれども、単純に嫌いなんですよね、人格として。そういう価値観に対して、だから何だというスタンスでいられるようになったのは凄く良いことだと思っていて、昔は多分その反論も許されなかったんでしょうからね。課題や解決したいことがあって、規模でそれをクリアできるなら別に拡大しても良いとは思いますし。」

Q.取り組んでいる事務所経営と多様性の可能性について思うことは?

「まず、少し言葉の定義が広すぎますが、種類はともかくクリエイターと言われる人たちは増え続けると予想していて、何かを創作したり生み出したいという想いは人間の根源的な欲求だと思っていますし、例えば最近ですとそれこそAIやDXによって人間の余暇がどんどん生まれてくる世界の中において、自分で何か作るということがメインの世の中になっていくのが、ここから15年間くらいずっとだと考えています。今がその世界の過渡期で、恐らく一番の揉め事になったり、創作を邪魔するような動きになってしまうのが、創作と今の社会との接点の作り方だと思っていて、そこを我々がつくっていくことに凄く価値を感じているので、やり続けたいという感じですかね。

私の考えるクリエイターの概念は一般のそれよりも広いと思います。15年前にはVTuberというクリエイターは存在しなかったと思いますが、登場から5〜6年で当たり前の存在になりました。同じようにAIチャットの世界でChatGPTを上手く使って何かを作るクリエイターみたいな存在が出て来るかもしれない、という世界だと思っているんですよ、NFTの可能性なども全て含めて。例えば音楽を作るAI系のサービスがありますので、大量に作って音源のストックサービスといったプラットフォームへ提供して、どんどんどんどん音楽の量を圧倒的に増やすクリエイターのような人が、次々に出てくると思うんですよね。

多分ほんの1年前にはこういう話題について皆さんあまりピンときていなかったと思いますが、昨年末あたりから少しずつ当たり前になってきていて、この流れはずっと続くでしょうから今が過渡期という認識なんです。ChatGPTは一番象徴的だと思いますね、AI画像生成サービスからのお絵かきAIアプリ、言語モデルAIでChatGPTのようなテキスト、もちろん音楽も、界隈の方々はずっと言っていましたし知っている人はそりゃそうだよね、という話ではありますが、この1年くらいで一般化しましたよね。」

Q.これから、事務所経営の多様性はどのようになっていくと考えているか?

「1人でやりつつ特定の自分の興味関心に対して専門性のあるスキルを合わせて使い切る、という自身の興味関心のド真ん中に合わせた法律事務所は絶対に増えると思っています。例えばYouTuber専門の法律事務所、先ほどお話に出たようなChatGPTなどAI事業専門の法律事務所といった感じで。メディアがよく言う得意を伸ばすじゃないですが、ここが自分のド真ん中だという感覚がある人が手がけたほうが絶対に伸びるというのは、ある種当たり前ですよね。

私が今やっていることをこのように捉えるとその通りですし、伸びるとも思いますが、ただ一方でクリエイターのようなある意味で誰もが成り得るものに対して、専門家へお金を払ってまで何かを依頼するという業界は多くはないとも思っています。何らかのテクノロジーや知の共有で賄える部分ですので消えていくでしょうし、そのほうが良いな、とも思っていて、マネタイズの方法が従来のようなお願いされて報酬をいただいて何かに貢献する、という形ではなくなるだろうと考えていますね。」

Q.今後、士業事務所が生き残るためには何が必要か?

「まず士業かどうかは一旦置いておいて、自分の興味関心のド真ん中を発見することが非常に重要で、それはもう価値観なのかもしれませんし、その業界、領域、エンタメであればエンタメでも良いですが、コレ無限に時間使えるな、と言えるものですよね。それこそ横須賀さんがご自身でメディアをやっていらっしゃることに対して、自分がやるべきポジションだという感覚が強いということが凄く大事だと思っていて、それのちっちゃい版でも良いと思うんですよ。

例えば本当に仲間内で、これは自分がやったほうが良いよねというような、格好良く言うと使命ですし、格好悪く言えばこの中でやれるとしたら自分だけだよねという感覚、どちらでも良いのですがそれを1つ見つけて、それに士業をどう掛け合わせるかを考えるというゲームなんです。逆なんですよね、士業としてこうあるべきだと考えてしまうと、どうしてもシュリンクするので。もう一度自分の、人によるので判りませんが例えば6歳の頃を思い出して、その時の興味関心分野と今の士業というものを掛け合わせると恐らく唯一無二のものになりますから、それをやっていくという決め方をした方が良いと思うんですよ、もう皆さん1回資格を辞めてみてください(笑)。辞めた時に何をやりたいのかもう1度考えて、それが士業と組み合わせることができそうであれば、初めて組み合わせる。これは私がやってきたことですが、これが絶対に一番良いですよ。確信を持っています。

この方向性でなければ変な最適化をしてしまうんですよ、士業としての最適化を考えて。そしてそれは自分のやりたいことの40%くらいで、だけど合っているといえばあってるか、まぁ良いかということになる。やめましょうそれは、疲れますよ。もちろん先輩方の仰ることも解りますよ、それで成功した方々がいらっしゃいますからね。ですが環境が違いますし、本当に言うことを聞く必要があるのでしょうか?自分の人生じゃないの?って思いますけど。

必要なスキルや能力に関しては、割とよく言われていることに落ち着くんですよね。人によってはこれを好奇心と呼ぶと思うのですが、先ほどお話に出たChatGPTが非常に象徴的だと感じていて、触りませんよね、多くの人が。触ろうよと、触った時とそうでない時のインプットの差を、なぜ感じないんだろうというね。あとは更に陳腐なのかもしれませんし、ちょっともう本当に読み書きそろばんのような世界に行ってしまうのですが、テキストの文章をちゃんと打てるようになるということは、本気で最終的に行き着く所だと思っています。

例えば超質の高いインプットをしようと思った時にはテキストに行き着きますし、超質の高い情報を発信しようと思ってもテキストに行き着くと思ってます。理解できるってメリットは莫大なんですよ。普通に日本語で良いと思いますのでテキストを書いたり読んだりする力を重要視してみてください。書くのが苦手だからYouTubeを始めるという人もいるようですが、書くのが苦手な人はちゃんと伝えられてないですからね。

もちろん動画にも良いところがあって、表情が見えて熱量を貰えますので両方必要だと思いますが、スキルセットや社会においてという話になると本気で日本語だと思いますし、結局は考える力であって、考えて集約できるものがテキストなんですよね。私が今インターン生に言っているようなことですが、ある種士業も一緒だと思います。ですから、ChatGPTの普及でテキストを作る能力がいらなくなるとか、そういう話じゃないんですよね。AIって鉛筆ができたぐらいの感覚です、私の中では。

ChatGPTに関連して言えば、異なる相談に対して全く同じ回答をする、法的な情報そのものが誤りといった現在の問題点は多分もう1〜2年というレベルで解決されるでしょうし、そもそも15年〜20年前に分かっていたことですのでようやく、という感じではあります。

これを使う能力、テキストを使用する力という側面でお話しますと、少し哲学的になってしまいますがAとBを対立構造で考えないという力が必要だと私は思っていて。今回の話に合わせて言うと、規模の拡大かそうじゃないか、という問いの立て方をした瞬間に、どちらかの立場に立つということになってしまいますが、本来言いたいのはそこではなく、例えばですが世の中に専門知を広めるためにはどういう士業の形が有効か、みたいな問い立てになるはずじゃないですか。このレベルへ持っていく力みたいなものにこそ意味があるのかな、と思います。問いの視点を1段上げられるというか、止揚というか。全体の最適化を考えれば対立構造は不要ですので。本当は皆が同じ所へ向かっているはずなんですけどね。

あとは、これもあまりに言われ過ぎているのですが、士業が少ない領域へ行くということでしょうか。例えば私は10年ほど前から士業をやっていますが、当時はスタートアップを支援する士業が凄く少なかったんですよ。飲み会なんかにも居ないので、行くだけで唯一の人というポジションになれる、そういうことをもっとやると良いのかな、と色々な領域で思いますけどね。隣に座っている人も同じ弁護士だった時に、自分の価値は2分の1になる訳ですから。今であれば領域として面白いのはクリエイターと教育ですね、私の中では。

今後実現していきたいことは士業と全然関係がないのですが、アニメと映画を作りたいんですよね。エンタメの世界には制作委員会方式というものがあるのですが、あれはもう少し上手くやれるという気がしていて、例えば3巻くらいで終わってしまったコミックの短編映画やアニメ化みたいなことを、このあたりは非常に複雑なのですが上手い仕組みでやれるような気がしています。あまり格好良く言うのもなんですが、日本が勝負できるIP(知的財産)が漫画だけで終わってしまうのは勿体無いと思っていて、もちろん漫画は漫画で良いのですが、その漫画ですら最大化されていない部分がまだ沢山ありますので、アニメ映画になった原作コミックが凄く売れるですとか、そういうことをやりたいと思っています。漫画の部数が出ているから映画の原作になるという流れも、それはそれで良いんですけどね、といった感じです。」

山田邦明 プロフィール

京都大学法科大学院を卒業後、スタートアップ向け法律事務所で弁護士として活動。知的財産や資金調達に関する契約業務などに従事。その後、株式会社アカツキにジョイン。管理部門の立ち上げ、IPO業務の主担当として、上場に貢献。岡山県に帰郷後、会社の設立、事業を大企業に売却、岡山市との連携など、地域に資する業務を中心的に行う。
自身がアート/クリエイティブに救われたことから「しろしinc.」の設立を決意。特に好きな創作は、マンガ。