税金スッキリくんは税務相談のあり方を変えるのか?:スタートアップ税理士法人 大堀優氏

税金スッキリくんは税務相談のあり方を変えるのか?:スタートアップ税理士法人 大堀優氏

事務所名:

スタートアップ税理士法人

代表者:

大堀優(代表税理士)

事務所エリア:

東京都新宿区

開業年:

2015年2月

従業員数:

約110名

Q.税理士、士業の現状についてどう感じているか?

「業界が変わる分岐点に来ていると感じています。それは別にネガティブに捉えている訳ではなくて、環境の変化によって、これから大きなチャンスが生まれるように思いますね。顧客の質、社内のメンバーの質、それに事務所の体制や、我々が提供する価値も大きく変わってくるのではないでしょうか。

特に顧客の質という点で、弊社は創業支援がメインですので成熟した企業のデータはあまり取れていませんが、最近起業される方々はITリテラシーが高いと感じていますので、そこに対応できない会計事務所はなかなか生き残っていくことが難しいようにも思えます。

弊社にも新規のお客様を獲得するチャネルが幾つかありますが、その中でも一般的にどの事務所でも多いのが、他の事務所からチェンジしてくるという案件ではないでしょうか。変更の理由も大体は似通っていて、そのうちの1つとしてITについて話が噛み合わない、というものはよく挙がりますね。10年前とはだいぶ変わってきたように思います。

提供する価値の変化についてですが、大前提として税理士の役割が経営者にとっての身近な経営パートナーであることは、今も昔も、そしてどの事務所にとっても変わらないと思うんですよ。しかし、経営者が経営パートナーに求めること、ニーズは日々変化していると思いますので、我々もそれに合わせて変わっていかなければいけないなということは、強く感じています。

その上で、提供する価値もやはり大きく変わってきている、税理士業界で言えば、これまでは記帳代行のような業務があり、入力して試算表を提出することで、お客様の満足度はそこそこ高まっていましたが、DX化やAIの利用などが進んで効率化され、人間が作業に時間を費やす、手を動かすことは少なくなってくるだろうと思いますね。作業や調べることには時間をかけず、その先に何を提供できるのかを考えていかなければいけない時代になってきているなと感じているところです。

一括りにコンサル業務と言えるのかどうかは分かりませんが、作業をもっと別の価値のものに変えていかなければいけない、それがデフォルトになるでしょうし、提案さえ模範解答をAIが作ってきてくれるので、その価値はもっと先にあるという感覚です。具体的にはまだ見出せていない部分はあるのですが、その領域に入っていかなければ、我々の価値がどんどんなくなっていくように思えますね。」

Q.「税金スッキリくん」とはどのようなサービスですか?

「大きく2つのサービスがありまして、1つは税金関係の相談ができるAIのチャットボットサービスです。これは既にChatGPTをお使いの方にとっては理解していただきやすいと思います。もう1つが、仕訳の確からしさを判定するサービス、この2つですね。

それぞれを簡単にご説明したいと思いますが、まずAIチャットボットサービスについて、ChatGPTと何が違うのかという視点でお話いたしますと、これも大きくは2つあります。1つは情報の新しさで、ChatGPTは2022年1月までの情報がベースになっているため、例えばそれ以降の税法の改正などはソースを持っていませんが、『税金スッキリくん』は最新の情報で対応可能です。

もう1点は専門性で、APIを使って弊社独自の情報を追加していますので、基本的に一般的な情報で回答するGPTとは異なる、専門性の高い情報が詰まったチャットボットサービスになっています。簡単な質問に応じる形で情報を入力していただくとそれがプロンプトになり、より回答精度が上がるという仕様です。回答が早いGPT-3.5か、確度の高い情報を出すGPT-4.0を選択していただけるようにもなっていますし、想定と違う回答になることを極力防ぐために、詳細なのか簡潔なのかといった回答のレベルも事前に設定できるようになっています。

仕訳の確からしさの確認機能については、名称通りのサービス内容ですね(笑)。ご自身で会計ソフトに登録した仕訳のうち、間違っている可能性が高いものだけを抽出して吐き出してくれるので、ピンポイントで修正できるというもので、今のところfreeeとマネーフォワードの仕訳確認に限定しているものの、今後は色々な会計ソフトに展開する予定です。

判定方法としては現在6項目を基準にして考えていて、経費として認められ難い仕訳に該当する、金額が社会通念上の妥当性と乖離している、勘定科目に誤りが含まれている、資産に該当する取引が費用として計上されている、固定資産・負債と流動資産・負債が正しく計上されていない、期末・期初の棚卸資産の処理がされていない、この6つになります。こうして、いずれは税理士がお客様の入力内容を確認するといった業務も、AIに代替されていくのかな、と思いますね。

『税金スッキリくん』のユーザーは事業者だけではなく、会計事務所にも使っている方が多く、例えば年に1回の決算をいきなり全部お願いしますと言われると大変ですが、ツールは夜でも動いていますので一次チェックを任せてしまえば、ある程度は工数をかけずに済むようになるのかなと。」

Q.「税金スッキリくん」の開発背景について教えてください

「まず、我々はスタートアップグループのビジョンとして、” Startup Everywhere”というものを掲げており、ここが起点になっています。簡単にご説明すると、1つはこれから世の中で起業する皆さんの側に、常に我々がいることによって支援できる体制を作っていく、つまりどんどん支店を展開してサービスが届くようにしていこうと考えていること、もう1つは、それによって世の中にもっと起業家を増やしていくという2つの意味があるんです。

この『税金スッキリくん』も、根底には世の中に起業家を増やしたいという背景がありまして、やはり事業を始めて間もない方々の中には、お金がないという方も結構いらっしゃるんですよね。お金がないからそもそも税理士には頼めない、最初はもっと必要なところに資金を投下するべきだと考えているのかなと思います。そこで、この無料サービスを使ってビジネスを成長させるうえで優先順位の高いことに資金を投下できるような状態を実現したいなと考えました。

また、やはり専門家への相談は結構ハードルが高いと感じる方も多いようですので、これから起業を考えている皆さんが事業を始めるにあたって、AIを使って気軽に聞くことができればこの課題も解決できるのかなと。より多くの方々が起業に向けて進んでいくことができればと考えて作っていますので、これから起業する皆さんの情報源になれたら嬉しいですね。

起業時や起業して間もないお客様からは、税金関係のご相談が凄く多いんです。きちんと税理士へ相談できる方もいらっしゃいますが、そうでないという場合は創業期のある種お金を集めやすい時期を逃してしまう可能性があり、勿体無いと感じています。起業から10年経つと1割しか残らないとも言われますので、起業家が事業を継続するための助けになりたいと思いますし、税金スッキリくんをうまく活用して事業が軌道にのってきたら、税理士としての価値を提供できれば良いのかな、という感じです。」

Q.「税金スッキリくん」は、税理士の仕事を奪うのか?

「実際、奪われるものはあると思っています。しかし、奪わせたほうが良いのではないでしょうか。実のところ、開発当初はこのプロダクトは税理士業務を一部代替するもののため、各方面から恨まれてしまうかもしれないと少し警戒していたのですが、リリース後の反応は意外にも全く逆で、会計事務所博覧会で『税金スッキリくん』のご紹介をした際は、これから使いますという方々ばかりでした。来場者は感度が高いということもあるのかもしれませんが、それほど反対されるようなことはないのかなという印象を持ちましたね。むしろ使い方を教えて欲しいというスタンスの方が多いなと。

こうしたサービスに限らず、最近はこれまでになかった新しい取り組みを業界内でも目にするようになったと感じていて、例えばメタバース上でアバターが会社説明会を行うようなことも始まっていますし、業務改善ツールも新しいものが一杯世の中に出てきていて、『税金スッキリくん』もその流れの1つという立ち位置で捉えられているように思います。

税理士の仕事を奪う側面もあるというのは、例えば先にお話した記帳のチェックにしてもそうですし、今はチャットサービスが主流のAIですが、この先は実行にまで移してくれるようなAIが必ず出てくると考えているからです。既に食べログがGPTで予約まで完結する仕様になっていますし、記帳代行というものは恐らく全てではないにしろ、大部分はAIに代替されるでしょう。

税務相談サービスにしても、非常に高度な内容はやはりきちんと責任を取ってくれる税理士と最終的な話をすることになると思いますが、ちょっとしたものであればAIでサクッと完結してしまうことも増えてくると思います。そういう意味では相談も一定数は奪われるでしょうが、どういうスタンスでいるかということが重要だと考えていて、奪わせてその先に何をするのかということに意識を向けていかなければいけない、意識を向けている事務所とそうでない事務所では、これから圧倒的な差が開いていくという気がしますね。」

Q.今後生まれるであろう「税金スッキリくん」の競合他社との差別化はどう考えている?

「弊社は、税理士法人・社労士法人・司法書士法人のグループで、こうした総合的な事務所だからこそできることに注力していきたいと考えています。

具体的には製品ラインナップを増やしていくことなのですが、簡単な話で言えば税金の相談は『税金スッキリくん』、労務相談は『労務スッキリくん』、会計入力は『会計スッキリくん』と、事業のAIプラットフォームのようなものを作って、より幅広いお客様のニーズに応えることのできるプロダクトで差別化を図るといったところですね。」

Q.税理士、士業のDX化やAI対応は今後どうなっていくのか?

「かなり広がっていくと思いますよ。大局的な視点で環境の変化などを考えていくと、人口減少は必ず大きく影響するでしょうから、 DX やAIは更に進むでしょう。というのも、人口は2008年をピークにずっと減少していて、2050年には生産年齢人口が2021年比で約30%減少して5,275万人になると予測されていますから、今のままであればGDPは確実に下がっていきます。この状況でGDPを上げるためには生産性を上げていかなければいけませんが、それを解決できるのは基本的にテクノロジーなのかと思っています。

国としては企業のDX化やAI対応を進めていくだろうという背景がある中で、私たちのお客様はその流れに柔軟に対応していくと思われます。もし税理士業界がその変化に対応出来ないと、顧問先から信頼されるパートナーとしてみなされなくなるのではないでしょうか。極端な例ですが、コミュニケーションの手段として、顧問先はメールやチャットを求めているのに対し、会計事務所は手紙でのやりとりを求める。それぐらいのギャップを感じさせてしまうのではないかと思います。

つまり、顧問先としては当たり前に行っているDX化やAI活用と同等レベルで対応できる事務所でなければ、必要とされない時代になってくるかと。お客様を視点にすると、ある意味で会計事務所のDX化やAI対応は強制的に進むと言っても良いのかもしれません。

また、求職者の視点としても、若い人材がこれからアナログな事務所に行くメリットが感じられない時代になってくるのかな、と思っています。特に今は採用難ですから、若い人材の獲得競争が激化することが目に見えている中で、DXやAIは事務所の売りにもなってくるのではないでしょうか。そうでない事務所は競争優位性を示すことができなくなってくるかもしれません。

最後に、これも大きな理由になると思いますが、税理士業界は平均年齢が60歳と非常に高齢化が進んでおり、税理士資格の登録者数は60歳代がボリュームゾーンで約30%、60歳代以上が全体の53%、70代以上も23%占めています。つまり、今後は一気に世代交代が進むことになる、そうなると、やはり若い世代はDXやAIの対応には自然と親しんでいますから、世の中の動きと共に自然と会計事務所も変わってくるように思います。

こうした色々な要素から、DX化やAI対応は避けられない、この先はもう半強制的に進んでいくのかなという見通しですね。」

Q.「税金スッキリくん」の展望とこれから生き残っていける税理士・士業事務所の条件とは?

「これは先ほどお伝えした通り、シンプルにサービスラインナップを増やしていくということと、質問に答えることから実行に移すフェーズへ持っていきたいと考えています。もちろん回答精度を上げるなど、他にもやらなければいけないことは沢山ありますけれども、大きくは横展開ですね。

生き残っていける条件については、一般的によく言われることながら本当にその通りだなと思っているのが、やはり変化に対応できることの重要性です。今は大変な時代ですよね、と耳にすることも多いのですが、いつの世も大変な時代だと思うんです、戦後の焼け野原の時もそれは大変だったでしょう。ただ、大変さの質が昔と比べて大きく変わっていて、今は技術の進化が早くて変化に対応するのが大変な時代と言えるのではないでしょうか。

“変化に対応”と一言で表現しても難しいですよね。まずやはり外部環境が変わればそれに合わせて会社の戦略を変えなければならない、戦略が変わればそれに合わせて人を動かすような人事制度や組織のデザインを変えていかなければいけないと思っていますし、更にそれらを時代の変化に合わせて柔軟かつスピーディーに変化できるようなケイパビリティを備えた組織でなければいけないと考えています。

ですから、やはり変化に対応できるということが挙げられるのかなと。特に規模だけ大きくなって組織化されていない事務所は、変化に対応できるケイパビリティを持っていないと思いますので、これから結構苦しい展開になるかもしれません。一方、少数精鋭でAIをゴリゴリに活用して生産性を上げていくような事務所も一定数出てくるのかな、という気はしていますね。

変化に対応するために必要なこととしては、やはり経営者自身が変わることだと思います。組織はトップが発信しなければ変わらないので、税理士であれば代表税理士自身が変わらなければ、組織を大きく変えていくことは難しい。人は変わりたくない生き物ですから、それを凌ぐ力で意志を持って進めていけるトップであることが大切なのではないでしょうか。」

大堀優 プロフィール

2015年 独立開業し、スタートアップ会計事務所を設立。
2017年 スタートアップ社会保険労務士事務所を併設。
2022年 スタートアップ司法書士法人を併設。
2023年 ChatGPTを利用した税金相談のチャットボット「税金スッキリくん」をリリース 。

ブランドスローガンである『はじめる勇気の、いちばん近くに。』を掲げ、ワンストップで起業家支援を行っている。
新宿、銀座、横浜3拠点。社員数110名で運営。