文化浸透経営は、新しい税理士事務所経営のメルクマールになるか?:アンパサンド税理士法人 山田典正氏

文化浸透経営は、新しい税理士事務所経営のメルクマールになるか?:アンパサンド税理士法人 山田典正氏

事務所名:

アンパサンド税理士法人

代表者:

山田典正(税理士)

事務所エリア:

東京都墨田区

開業年:

2015年1月

従業員数:

約10名

Q.士業、税理士の業界の現状をどう認識しているか?

「税理士業界は戦国時代に入っているような感覚がありまして、いわゆる中規模の税理士法人が増えてきているなと。私がこの業界に入ったのは2008年なのですが、その前年に就職活動をしていた当時は、東京都内で中規模の税理士法人を探そうとすると、あまり多くありませんでした。しかし、今では数10名から100名200名規模の税理士法人が増えてきているという印象です。

ですから、かつての税理士業界は組織力やマネジメント力が弱かったのですが、現在はそこに力を入れて経営している税理士事務所も増えてきていると感じます。世の中として全体的に業務提携や合併が進んでいて、有名な企業ですとYahooとLINEあたりですよね、リソースを統合して1つのプラットフォームを作っていこうよという動きが色々な業界で起きている中で、やはり税理士業界も規模で力を発揮していく事務所が増えていくように思いますね。

中規模の税理士法人が増加した背景として、元々この業界はランチェスター戦略的に考えた時、強者がいない業界だった、それなりに規模が大きな有名事務所はありますが、業界として売上のシェアを1%でも取っているような事務所は多分なかったということがあるのではないでしょうか。シェアを取りに行かず、個人経営という形の事務所が多かったところへ、面を取りに行く事務所が出てきたのではないかと思います。また、分かりやすいところですと、もちろんそれぞれの内情を知っている訳ではありませんが、リスク管理が大変な業界ですので、難しいことですが方向性としてそれを実現しようとしている、目指している事務所が増えているということもあるかもしれません。

更に、相続業務が増えてきているということも1つの大きな要因のように思えます。昔は業界としてあまりノウハウがなかったのですが、オープンソースの時代になってきて、相続に特化している事務所が自社のリソースをオープンにし始めた、じゃあそれを倣って相続特化でやってみようか、という事務所が増えているようですね。相続業務は非常に生産性が出しやすく、組織化もしやすいんですよ。業務的にもかなり平準化しやすく、再現性を出しやすい、かつ付随業務としてクロスセルがやりやすくもありますので、これも組織化が加速した1つの要因かもしれません。」

Q.現状、貴事務所が永続できている要因はどこにあると考えているか?

「手前味噌ではありますが、理念を重視している点でしょうか。ビジネスの作り方としてはプロダクトアウトかマーケットインか、というところがありますが、我々は前者の考え方で、こういうサービスは価値があるよね、ニーズがあるよねと思っているところを、どんどん突き詰めているという感じなんです。それに共感して、一緒に実現しようとしてくれるメンバーが集まってきていること、価値を高めたそのサービスを良いと思ってくれるお客さんがいてくれることが要因だと思っています。

文化をつくりあげていく、未来に残る文化を育むというのがうちの経営理念でして、サスティナブルで価値がなければ未来には残らない、価値というものは伝えていかなければいけませんし、時代に合わせて変化していかなければ価値はなかなか作り難いと思っています。一方で、本当に価値あるものを一朝一夕でぱっと作れるかというと絶対に無理で、それで作れるようなものは、むしろ誰にでも作れちゃうものですから、参入障壁が凄く低くなってしまう。

そうではなくて、過去から積み上げてきた文化があって、それに基づいて価値を作るということをやっていく、一朝一夕ではできないものを価値に変えて、世の中に提供していくという理念、これをコツコツやり続けてきたことが今の結果に繋がっている、ありがたいことに評価もしていただいている、という風に感じているところです。

税理士は基本的に顧問契約という強いビジネスモデルを持っていますので、新規開業時の顧客獲得は難しいという意見も根強く、実際に私も最初はかなり難しいと感じました、正直、想像以上でしたね。やはり創業のタイミング、新しく会社をつくりますというお客さんであれば比較的増やしやすいので、初期はそうした会社と一定数契約しながらという感じでしたが、一方で顧問を切り替えることに抵抗がある方は、我々にとってもまさにお付き合いしたいなと思うお客さんなんですよ。やはり切り替えるとなると既存の税理士さんを断ることになってしまいます。何かの事故があってということならば、まだ切り替えやすいと思うのですが、ちょっと今の税理士さんを断ることができないという経営者は凄く多いです。

人が善いというか、いいお客さんほど今の税理士さんを断り難く、そういうお客さんはなかなか我々の顧問になり難い、そうすると、どちらかといえば”イケイケドンドン”というか、結構ドライな判断をしたいという会社さんのほうが話を聞いてもらいやすいということがあり、結構大変でしたね。ある程度、こういう事を言うお客さんは受けないというスタンスも持ちつつではありましたが、今考えるとちょっと色々なお仕事を受け過ぎてしまっていたな、とは思います。

開業当初はテクニックというか、戦略的には補助金や資金調達をスポットで受けるように仕事を作っていました。スポットの売上が作れるということもありますし、そこから派生して顧問に繋がっていくというところもあり、自分が純粋にコンサル的なところに興味があったということもあります。フロントエンドではありますが、収益的にはメインの収入になるような感じで業務をやっていましたね。最近ですと、新規のお客さんは半分以上が同業の税理士さんからのご紹介ですので、業界の中でもコツコツと積み上げてやってきたことが、一部の方には”アンパサンドって信頼できる事務所だよね”と思っていただけている、”うちでは難しい案件だけどアンパサンドなら受けてくれるかも”と評価していただけているのかなと思います。

ご紹介いただく案件としては、上場関連が多いですね。紹介元の税理士さんでも出来るかもしれないけれども、手一杯でスタッフにもお願いできないか、もしくはご自身では難しいというケースなど様々です。前者の場合でも、弊社がそれなりに忙しいということをご存知ですから、このお客さんであれば大丈夫だろうという感じで、良いお客さんをご紹介いただいています。IPOなどは税理士を切り替える1つのタイミングだったりしますので、対応できると今後は結構強いかなと。

特にIPOの準備段階ではガバナンスや内部統制が重視されますが、では上場を目指していない中小企業にはガバナンスが不要なのかというと、そうではありませんよね。最近は某中古車販売の企業が話題ですが、やはり今の時代はガバナンスが効いていないと非常にリスクがありますから、IPOなどのフェーズに関係なく必要だと思います。ですから経験を積んでいくことで、当社もよりサービスのレベルがアップしていくかな、という風に考えているところです。」

Q.貴事務所経営のDX化と業界のDX化についての所見は?

「私は新しいものが出てくると、大体なんでも情報収集をしたり、出来る限り触ってみるようにはしていて、スタッフにも取り敢えずChatGPTは触ってみようと伝えてはいますが、実際に触れているスタッフは流石に一部だと思います。クラウド会計やRPA、ChatGPTなどが出てきている中で、当社の考え方としては、新しいものが出てきて面白そうだからやってみようというよりは、DX化も基本的に目的ではなく手段でしかないと考えているんですね。しかし、ちょっとDX化そのものが目的であるかのように発信されている、そのように伝わってしまっているということが一部にあるのかなと感じています。

当社はあくまでも業務効率化や生産性を上げるという目的に伴って、いわゆる平準化できる業務、定型化できる業務であればDX化したほうが良いし、そうではなくてマニュアル化しない、平準化しないからこそ価値がある業務もあると思っていますので、そうした部分は敢えてDX化せずにアナログでやっていこうという考えです。だからこそ気付ける、こういう部分で価値が出せるよね、といったような、例えば会計なども全部情報を流し込んで、あとは報告するだけとなると、今月はちょっと消耗品費が多いですが、どんな内容で入ってましたっけ?などもう分からないと思うんですよ。

やはりある程度の作業をしている、入力しないまでも流し込む作業を自分でやっていると、今月は消耗品費で大きな出費があったんだなと目にしているので、ミーティングの際にもパッと情報が出てきます。その場でのライブ感というんでしょうか、ミーティングって音楽でいうとライブみたいなものだと思っていて、その場でいかにパフォーマンスを出すのかという意味では、事前の情報の受け取り方というものも大事なんですよね。ですから、一部ではアナログを残すということも、悪くないのかなと思っています。

CROWN MEDIAには電話サポートを重視されているという『オフィスステーションPRO』の記事もありますが、コミュニケーションの取り方としてはテキストも同じで、テキストコミュニケーションが効率化していくほど、やり取りなどの推移が後に残るのは良いなとも思う一方、全部がテキストだとなかなか伝わり難かったりしますよね。曲解されて事故になったりしますので、やはりリアル、対面ではないにしても電話やWEB会議などのコミュニケーションが必要なこともあると思います。

短い文章で端的に必要な情報を伝える必要のあるテキストコミュニケーションは、もう一種のスキルですから、当社ではメンバー全員が凄く意識しているコミュニケーションの取り方でもあります。感覚的な話になってしまうので、これが答えだというものはなく、相手によっても変わるものですから、これを積み上げているということも当社の強みなのかなという風に思いますね。」

Q.貴事務所経営の採用と教育に関しての考え方と指針は?

「最初から採用や組織に関する方針があった訳ではなくて、徐々に人を増やしていき、急拡大せず微増を続けるといった感じでした。何となく10名くらいまではいくかな、というスケールイメージはありましたが、そこから規模を大きくしていくのか、それとも現状維持で質を高めていくのか、ここはまさに今後の課題ですね。1年後くらいのビジョンはもちろんあるのですが、3年後、5年後にどうなっていくのかは、意外と思い描けないという感じです。

横須賀さんがもう5年計画なんて無理だと仰っているように(笑)、外部環境が変わっていきますし、この3年だけでもコロナやロシア・ウクライナ、物価高騰などもう読めませんよね。余裕を持った行動計画くらいにしておかないと、フルコミットの計画を立ててしまうと時代の変化に合わせられなくなってしまうと思っています。そうは言っても忙しくしているスタッフがいたりもしますが、出来る限り余裕を持って業務を組んでいて、みなし残業時間である30時間を超えて残業することは、繁忙期も含めてほぼありません。スポット業務への対応や、余裕を持ったインプットということもありますが、自分たちのスキルアップ、成長のためにも時間を使っていかないといけませんので。

教育に関しては、2020年の3月頃にコロナで他県への移動制限が始まり、翌月に緊急事態宣言でしたか、基本的には出社ができないという時期に採用したスタッフへはWEB会議で教えて、その録画をアーカイブとして後で見られるようにしておき、以後入ってきたスタッフにはその動画を見てもらうというスタイルを取り始めたのですが、そこから私のやりたいことがよく伝わるようになりました。

また、スタッフとのコミュニケーションをFAQでスプレッドシートへ記載したものが200以上溜まってきていて、どういうやり方にしようか、どういう方針でいこうか、というやり取りが可視化できていることも大きなポイントかなと思っています。更に当社の経営理念やバリューとして、社会に対して貢献しないといけないというか、公平で豊かな社会が良い社会だよねという風に考えていて、公平でも貧しい社会になってしまったら誰も得をしない、誰も嬉しくないから、公平かつ豊かな社会にしたい、そして、頑張った人は報われて欲しいし、困っている人は逆に助けて欲しいというのが公平だよね、という話をよくするんです。

そういう文化の中で特徴的なところですと、寄付手当を全社員に渡して、好きな団体に寄付してね、ということをやっています。意図としては、ビジネスの世界では繋がることができない世界と繋がれるのが、寄付という行為なのかなと思っているからです。普段我々がやっている業務は、お客さんの数字と触れ合うことができる、でもこれはビジネスの世界で、誰かの役に立つことでお金がもらえるのがビジネスの世界ですから、お金があるところしかビジネスは成り立たない、お金がない人たちのために何かをやるというのは、ビジネスとして成立し難いですよね。

そこを成立させているのが寄付なのかなと思っていて、ビジネス以外の別の社会とも繋がって、色々な社会を知ることで視野も広がるし、こんなに困っている人たちがいるんだ、自分の悩みなんてちっぽけだな、という風に、人としても大きくなっていってるんじゃないのかなと。私はそういう人が魅力的な人だと思うので、寄付って魅力的な人になっていくための投資みたいなものだと思うんですよ。」

Q.貴事務所が得意とする業務についての現状と未来予測は?

「正直、得意業務があまり定義できていないのですが(笑)、逆に言えば色々なジャンルのものが扱えるということでもあると思っています。ですから、働く人にとっては色々な経験が出来て、面白い、成長できる事務所だと思ってもらえたら良いなと。強いて言えば、他の事務所では少ない上場企業やIPOの企業を顧問として見ているというのは1つの特徴ですね。

税理士そのものの可能性としては、伸び代がいくらでもある業界だと思っています。一般的には人口減少に伴って法人数も減ると言われていて、いわゆるアウトソーシング業務だけで仕事を取っていればAIに取って代わられるという部分もあるかもしれません。ですが、いわゆる自動化をしていくためには業務を全てパターン化していかなければいけませんので、例えば会計の入力を50パターンで定義出来るとしたら可能だと思いますが、イレギュラーが多すぎると何百何千というパターンになってくる。

これをAIに覚えさせて自動化するのは無理ですので、まず業務をシンプルにする作業が必要になります。それが出来ない会社もありますし、出来るとしても、やはりコンサルが入って自動化に乗せるための整理をしていかなければいけないというニーズが発生しますよね。そもそもこの業界に入って最初に思ったのは、外部では絶対に見られない情報が一杯あるなということです。機密情報というか、会計はいわゆるお金の動きがあれば全て記録されるので、これだけの情報を持っていて、ただ税務申告のために作業しますっていうのは、めちゃめちゃ勿体無い話ですよ。

この業界だからこそ持っている情報であって、普通の会社では絶対に見ることができないので、税理士にできることって多分いくらでもあると思うんですよね。ですからそういう意味で伸び代が一杯あるんですけれども、以前の業界は税務業務だけで成り立ってしまっていたんですよ。それ以上やる必要がなかったからやっていなかっただけで、やろうと思えばできることが本当に山ほどあるかなという風に思っています。」

Q.これから生き残っていける士業事務所の条件とは?

「結局どのビジネスでもそうだと思いますが、いかに差別化をして、自分独自、自社独自の価値を作り出していくのかというところが、とても大切だと思っています。ランチェスター戦略ですとかブルーオーシャンなど色々な見方がありますけれども、基本的には局地戦になっていくと思いますので、自分はこういうところで強みが出せる、こういう人をターゲットにする、例えば元アスリートの税理士さんでしたら、アスリートに特化してサービスを展開していくと、自分がやっていたからこそ気持ちが解るというようなことがあるのではないでしょうか。これはやはり、どれだけ勉強してもやった人にしか分からないと思うんです。

税理士はその人の人生であったり、今までの経験だったり、そうしたものを仕事に活かしやすい仕事というか、いくらでも掛け算ができる仕事だと思いますので、自分の強みや経験、自分は他と比べてここに強みがある、他の人には真似できないというところをきちんと定義してやれば、1〜2名の小規模な事務所でも絶対に生き残っていけると思っています。

冒頭で業界自体は拡大傾向にあると申し上げていますが、そうしたニーズがあるのは市場の一部であって、やはり局地戦として、そこにこそニーズがあるクライアントも一定数いますので、そうしたところをちゃんと定義して、戦略を組み立てられる事務所が間違いなく生き残ってくるんじゃないかなと思いますね。」

山田典正 プロフィール

都内大手税理士法人での経験を経て、平成27年1月に独立開業。現在はアンパサンド税理士法人の代表を務める。
中小同族会社から大手上場企業まで幅広いクライアントに対して、税務・経営周りの相談対応はもちろん、事業計画の策定、補助金・融資の支援など幅広いサービスを提供。業界紙や日経新聞など様々なメディアでの執筆や取材実績なども多数。

■資格
平成24年12月 税理士試験 合格
平成25年4月 税理士 登録
令和2年9月 経営心理士 登録
令和4年12月 組織図診断士・性格診断アドバイザー 登録

■メディア実績
(日経新聞掲載)
2019年6月21日 ソフトバンクG、法人税ナナシ、税法の盲点は
2019年8月3日 ソフトバンクG 税法、資本取引の対応に遅れ
2020年5月12日 コロナ給付金の非課税について
2021年9月24日 日経産業新聞 節税対策、追徴リスクどう捉える?
2022年2月28日 税トーク 年末調整制度の見直しを
2022年8月20日 ソフトバンクG、繰り返す法⼈税ゼロ 税制⾒直し議論も
2022年8月20日 法⼈税ゼロは妥当か ソフトバンクGと税、識者の⾒⽅
2022年9月6日 HIS、ハウステンボス売却と1億円減資をつなぐ「⽋損⾦」
2022年11月3日 年末調整、会社員の所得税を精算 払い過ぎは還付

(その他)
2022年5月8日 東京新聞 「寄付」で視野広げる アンパサンド税理士法人(墨田区)
2019年12月10日号 日経エコノミスト コメント掲載 税務調査特集
税務弘報 2020年月号 特集 税務のポカヨケ
税務弘報 2021年2月号 特別対談企画
クライアントへのサービス力向上のために税理士事務所の業務効率化のポイント

その他ウェブメディアでの執筆・取材多数(インタビュー記事)