労務相談AIが変える、社労士の相談業務:株式会社Flucle 代表取締役 三田弘道氏(社会保険労務士)

労務相談AIが変える、社労士の相談業務:株式会社Flucle 代表取締役 三田弘道氏(社会保険労務士)

事務所名:

株式会社Flucle、社会保険労務士法人HRbase

代表者:

三田弘道(社会保険労務士)

事務所エリア:

大阪府大阪市

開業年:

2015年

従業員数:

約20名

Q.あらためて、HRbase PROとは?

「自分が社会保険労務士として多くの会社を支援していく中で、労務相談業務がどうしても非効率で属人的になってしまってしまうという課題がありました。そこで、これからより社労士として重要な業務になっていく労務相談を効率化するサービスを作りたいと思い、開発したのが「HRbase PRO」です。

具体的には、法改正などの記事テンプレートを編集して顧客へ情報を送ることができる機能や、労務相談に上手く答えられない、根拠を調べるのに手間がかかるといった困り事を解消するための資料管理機能があり、QAやひな型などで自社ノウハウも蓄積できます。」

Q. HRbase PROに搭載された労務相談AIとは?

「基本的には、資料が探せない、文章が作れないといった問題を解決したいなと思って作りました。使い方も簡単で、まずは表示されている休業や退職といったイベントの中から選択して、次に質問を入力するとAIが回答してくれます。ChatGPTは根拠が薄いのが欠点ですが、いかにデータをきれいにしておくか、ということはポイントだと思っていますので、公的機関などの情報から回答が作成されるように作りました。根拠については文末の米印(※)をクリックすると参照した情報が確認できるようになっていて、Perplexityをイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。

また、例えば育児休業についての相談であれば、育休そのものなのか、あるいは育児休業給付金の話なのかといった、どの部分について答えるのかを調整ができるようにもしています。具体的には、回答に含まれる回答範囲が別枠で表示されるので、それらをチェックボックスで選択したり除外したりすることで、回答を再作成できる仕様です。質問者の意図を汲み取る上での候補をAIが出してサポートし、最終的に人間が判断するような構成ですね。

もちろん質問に対するジャストな回答はまだ難しいですが、そのままコピペして使っていただけるレベルで出力しますし、これまでのキーワード検索と比較して求める内容に近い回答が出せるようになりました。また、根拠と案内資料に加えてひな型や関連資料などのリンクも表示されるので、回答の作成から調べごとまでもがサクッとできるようなプロダクトになっています。

基本的には社労士がお客様から相談を受けた際にサポートしてくれるものですが、士業の調べごとについて今までのサービスより優位性があると思っています。β版の感想をいただいた中で面白かったのが、新人職員が調べものをできるようになりました、というお声が多かったことなんですよ。それを深堀りすると、みなさん検索をする時のキーワードが分からないんですね。

最初は何を調べて良いのか分かりませんし、ベテランになっても例えば”対象者”なのか”該当者”なのかといった、細かい表記上の文言などを完璧に記憶している訳ではありませんから、どのキーワードを使えば欲しい情報が出てくるのか探り当てるのに時間が掛かります。PDF検索は特に地獄だったりしますよね(笑)。こうした調べごとの負担が減るのは非常に大きいと思います。

事例として少し難ありかもしれませんが、愛人を扶養にできるかと聞かれたけれども、どうやって答えよう、何か制度があった気がする、という時に適したキーワードって分かりませんよね。これまでは”愛人”で調べても何も出てきませんでした。しかし、『HRbase PRO』の労務相談AIに聞くと、事実婚だったらいけるよ、という答えが出る、この”事実婚”というキーワードが出てこないという課題をフォローできる訳です。ベテランの社労士であっても、普段はそうした業務をやっていないということであれば、とっさに馴染みの薄い”事実婚”や”内縁”という単語が出てこないこともある、この場合はキーワード検索機能ではカバーできませんからね。

更に、調べた内容をきれいな文章にするのも、やはり時間がかかります。こうしたことに労力を使ってしまい、お客様に寄り添ってお話をするといった、社労士としての本来業務ができないという課題が解決されるのではないかな、と思っています。また、私自身が正解があるような調べものがあまり好きではなく、お客様へアイディアを提供したり、コーチングやティーチングに近いようなものが好きで、自分以外でも答えが出せる部分を自動化すればもっと付加価値を出せるし、質の高いコンサルティングができるな、と思ったこともきっかけではありますね。」

株式会社Flucleのプレスリリース(2024年3月14日 10時00分)労務相談AI「β版」好調。大規模・中規模社労士事務所の利用急増の理由は「スタッフが使う…
prtimes.jp

Q. HRbase PROの労務相談AIの特徴は?

「やはり労務相談に特化していてデータがきれいな点だと思います。一般的なAIは専門知識をインプットされたりチューニングされたりしていないのでミスをしますし、それゆえに利用が進んでいないという事実がありました。法律を学んでいないので、ぱっと見は正しそうに出力されているものの、きちんと見るとほぼ全部間違っているんですよね。

一方で弊社は元データが正しいことと、アルゴリズムは秘密なのですが抽出も上手いことやってるんですよ。AIを使っているだけではなく、その裏側の処理にこだわっていて、ここが専門家でなければかなり厳しいものだという点も特徴です。曖昧な言い方になってしまいますが、厳密なプロンプトで質問しなくてもきれいに回答が出てくるようにしていますので、ChatGPTを使うのとは訳が違います。

更に、自社で大量の資料を作っているのも弊社サービスの特徴です。相談の中には法律上の答えが存在しないケースもあって、例えば退職の意向をいつまでに伝えるのかは、2週間という民法の話もありますが、労基法上の規定はないので厚労省の資料には何も記載がありません。こうしたものについては社内で補完資料を作って対応するのですが、これもAIの参照元として使っています。Q&A集などの独自に積み上げてきた情報を活かすことができるのは、強みであり特徴だと思います。

これから士業向けのAIがちょこちょこ出てくると思いますし、法改正などの変更に対してきちんとメンテナンスをするというのは、士業に限ったことではなくバーティカルAI自体に求められることでもあります。社労士が作っているシステムとして実務上の利便性が反映できているのかもしれないと思っているのは、答え方を入口で分けるアプローチでしょうか。例えば法改正を数カ月後に控えている場合、現行法についてなのか、法改正後の疑問なのかという点を、最初の窓口で明らかにすることによって、自分が得たい情報を得やすくなる、これも1つの特徴だと思います。」

Q.労務相談に関する生成AIは、今後も多数出てくると思われるが、違いはどこに?

「ビジネスモデル的にも色々とあるのですが、やはり自分たちで資料を作ることができるベンダーは少ないですよ。他士業も含めて、自社でちゃんと資料を作ってやっていますというサービスと、行政の公開情報やネットの情報を読み込ませましたというサービスに大別できますので、そこは大きな分かれ目だと思います。

結局はコツコツやるほうが強いというか、AIは超人的なエンジニアが1人いれば良いという訳ではありませんし、かつてはそういう傾向があったのかもしれませんが、少なくとも今はそれをChatGPTが解決してしまいました。どちらかといえばちゃんと専門家組織、文化を作って、安定的に資料を生み出せるかどうかということが大きいですし、難しいことでもあります。

情報は古くなりますので、ひたすらメンテナンスを続けなければいけませんし、ただ情報を入れるのではなく正しく情報を入れなければ適切に学習させられないということがありますから、それほど簡単ではないんですね。更に専門業務の難しいところとして、全ての知識が近いためAIが違いを見抜き辛く、結構な工夫が必要になります。取り扱う情報が遠ければAIも区別がしやすいのですが、AIに違いが分かるように仕分ける必要もありますので、そういう意味でもコツコツと継続できるほうが勝つように思いますね。」

Q.労務相談AIによって、社労士の仕事はどう変わる?

「既に出ましたが、少なくとも調べる系の業務はだいぶ減るだろうなと思います。また、弁護士におけるパラリーガルに近いような形で、社労士がアシスタントに任せていることが今は結構ありますが、これも減るでしょうね。なぜかというと明確な根拠があって、『HRbase PRO』を使っていただいている社労士さんから、”これ凄くいいね、喋れるようにしてくれる?”というご要望を受けたんです。要は、調べごとなんかはAIにぱぱっと喋ってほしい、もう擬人化して対話したいという方向性ですよね。

なるほどな、と思いました、確かに喋れるようになると使いやすいでしょうから。これまでの社労士は、仕事として知識を検索しますという提供の仕方をしていたところがあるんですよね。ご自身で調べてもなかなか必要な情報に辿り着けないけれども、私には検索スキルも情報を解釈できる専門スキルもあるから、あなたに正しい知識を与えますよ、という文脈でしたが、この価値が減るということになります。

もう正しい情報を提供することが価値にならない、これが解っているからこそ擬人化という発想になる訳で、AIが正しい知識を喋るのであれば、顧問先からすると正しい情報を得たい場合は社労士ではなくAIに頼れば良いと思うのは当然ですよね。逆に、AIを超える価値があるから社労士はAIを使えるという見方もできますので、AIにはないアドバイスをできるかがカギになります。

正しい情報を提供する価値が下がる変わりに、独自の解釈や権威性、言葉だけではなく何かあったらすぐ駆けつけるなどの実際に寄り添う行動をするといった価値が、相対的に上がっていくと思います。私の好きなフレームワークに、指示・要求・願望という3つの段階があるのですが、指示が具体で、要求はもう少し

ふわっとしていて、願望はもっとふわっとした抽象的なレベルです。結局AIが今できることは指示なんですよね、プロンプトで動きますので、人間に必要なのは指示に落とすことなんです。

しかし、この1年で人間は思った以上に指示ができないということが判ってきました。みんな曖昧には理解しているんですけど、指示に落とし込めていませんよね。横須賀さんがこうしたことを得意なのは願望の解像度が高いからで、願望が先にあってそれを指示に落としていくという構造を理解されているからだと思います、ややこしいですが(笑)。でもこれは社労士の仕事の中でも、入社なら各種資格取得届を出してください、といった指示はAIによって奪われやすく、これから要求という領域もAIができるようになってきますので、願望から指示に落とし込むスキルが重要視されてくるでしょう。

一般的な顧問先は願望があっても上手く文字化できず要求に落とせませんし、だからこそ士業が願望を見抜くことが大切です。顧問先が要求や指示を言ってきたけれども、そうではなくてあなたの願望はこちらでしょう、というケースは多いもので、こうした本質的なニーズを可視化できるスキルは更に重要視されていくと思います。

それには抽象的な思考を身につけていくのが良いでしょうし、AIに指示を任せれば任せるほど、願望から要求への落とし込みの部分にリソースを割けるようになるということです。願望が分かっていなければ、少なくとも要求が分かってなければ当然指示はできませんが、多くの人はこれまで指示に注力し過ぎて、願望と要求を捉えるレベルが磨かれなかったように思います。特に士業は法律で決まっていることをベースに指示を学んできたようなところがあるので、それはもうAIに任せて本質的な仕事をしなきゃいけないのかなと。

これができると、仕事の幅も広がると思います。これまでは、指示の部分をやってもらえる優秀なアシスタントを雇う必要がありましたが、弊社の『HRbase PRO』ならアシスタントなしで労務相談AIがすぐに答えてくれる、これが月額数万円で手に入る世界ですから、指示が簡単になって、本質的な仕事ができる人にとってはより範囲を広げられるということになるので。

因みに、AIもそのうちメモリーで要求を見抜けるようにはなると思います。指示は受け手によってブレがないので分かりやすいと思いますが、要求や願望は同じ言葉でもコンテキストがズレるので、解釈がブレる、ここが難しいんですね。そうなると、コンテキストそのものをどういう風に記憶するかという勝負になるので、n数が増えると要求に近い答えを出力することも可能になると思います。

こうなると、アメリカではそろそろ1人ユニコーンが出るんじゃないかという話も出はじめていますし、1人士業で1,000万円や2,000万円稼げますというのが最強だったものが、本当に1人で1億円稼げる、弁護士だと現時点でもいそうですが、同じように稼げる行政書士や社労士みたいな可能性も結構あるのかなと思いますね。」

Q.生成AI時代に、社労士・士業にはこれからどんな準備が必要か?

「横須賀さんのフレームワークをそのままやるのが1番良い気がします(笑)、願望に目を向けることですよね。あなたの仕事は指示を正しくやることでもなければ、要求を分解することでもなく、相手の願望を見抜くところだというのは、多分最終的なものなんですよ。願望を見抜いた結果、手続きはせず、横で酒を飲むのが仕事なのかもしれないんです。

こうしたことができるようになるのが士業の次のゴールで、ただそれで価値を出すということは難しいので、言われたことをやりましょうということが先に入る訳ですよ。言われたことをやるだけで殆どの時間を使っちゃうから結局その先にいけない、それをAIで何とかしつつ、いかにして願望の領域へ取り組むのか、ということだと思います。お客さんの要求に従って一旦提案してみたけど、本当にこれで良いんだっけ、と考える時間が生まれるのは大きいですし、そろそろ本当に必要だよと、横須賀さん風に言えば”思った以上にやばい”ということをお伝えしたいですね。」

三田弘道 プロフィール

兵庫県西宮市生まれ。大阪大学大学院在学中に社会保険労務士試験に合格。2015年に株式会社Flucleを起業。300社以上の企業の労務管理支援の中で労務領域の属人化を課題に感じ、HRbaseサービスを開発。大阪府社会保険労務士会 デジタル化推進特別部会員。ITや業界活性化のテーマで毎月約10本のセミナーに登壇。