確定拠出年金業務は、企業の救世主になるのか?:社会保険労務士法人とうかい 久野勝也氏

確定拠出年金業務は、企業の救世主になるのか?:社会保険労務士法人とうかい 久野勝也氏

事務所名:

社会保険労務士法人とうかい

代表者:

久野勝也

事務所エリア:

愛知県名古屋市

開業年:

2011年11月

従業員数:

39名

Q.士業、社会保険労務士業界の現状をどう認識しているか?

「前職では百貨店に勤めていて、本当にふらっと独立をしたもので元々あまり士業がどういうものなのかよく分かっていませんでした。特に志もなく、会社経営をやってみたいとスタートしたようなところがありまして、社労士資格を持っていたので、これを使って独立しようという感じだったんです。最初に社労士をやってみた際の感想としては、もう少し企業に寄り添ってアドバイスをするのかな、と思っていたのですが、意外と雑用というか、細々とした仕事が多いなという印象を受けました。

もちろんそれも凄く大事な仕事だと思っているのですが、勉強をすればするほど細かいところに入っていってしまい、会社全体のアドバイスって意外と難しいなぁというジレンマがあったりもしましたね。とはいえ、初期で力のない時にはそんなことを言っていても仕方がないので、何でもやろうというスタンスでひたすら仕事をやりました。

今やっと事務所も少し力がついてきて、DXの支援やIPOの支援など、お客様の会社の成長に役立つようなことも色々と業務に付加していきたいという感じでいます。お客様の関係としては面白い仕事だなと思っていて、経営者の隣というか、近い立場で働けるって凄く良い仕事だなと感じていますね。

また、迎合をしない、ということが凄く大事だなと思っているんです。百貨店に勤務していた時も同じだったのですが、物を売る時にお客様の”下”に行った瞬間に、高いものって売れなくなるんですよ。こいつは付き合っていて面白いなとか、こいつと一緒にいると価値があるなと思われないと、どうしても下請けになってしまう。特に士業事務所を始めた頃は、顧問料をいただいているのでお客様を維持したいという気持ちが強すぎて、絶対に相手のためにならない、例えば明らかに従業員のためにも良くないし、会社も悪くしてしまうような意向に対しても”いいんじゃないですか”と言ってしまったりすることがあると思うんですよ。

そこを開業当初から、もうお客様が嫌がることでもちゃんと言おうと思って一生懸命やってきました。むしろ、やっぱり嫌われようがダメなことはダメだよって言えるようになりたいと思ってやってきたということはありますね。社労士業界全体として、少なからず経営者の言う通りに動くという人が多いように感じていますし、同業者からのそういうご相談も多いです。その気持ちはよく解りますよ、特にお金がなかった時期、創業期なんてもうお客様を気持ち良くするのが仕事だと思っていたようなところもありましたからね。

ですが、そういうお付き合いを続けると、やればやるほど関係がどんどん下になっていってしまって、結果として良いサービスができなかったなと思います。お客様の隣に居続けるためには、もちろんレベルアップをしないといけないんですけど、なるべく嫌なことも言おうということで、頑張って社内の教育をおこなったりもしているところです。」

Q.現状、貴事務所が永続できている要因はどこにあると考えているか?

「やはり迎合しないというスタンスを大事にしてきたことが要因として大きいとは思います。拡大するにつれて伝わり辛いこともありますが、これからも大事にしていきたいですね。

先ほどのレベルアップという点については、最初の頃はとりあえず何でもやろうと思って我慢していましたし、そもそも値付けがよく分かっていなかったので、適当に断るということをせずに相場以下で受けてやってみる、ということの繰り返しでした。あまり大きな声で言うことではないのかもしれませんが、開業したての頃に出来る一番の方法は長時間労働しかありませんよね(笑)。

勉強方法としては、ひたすらビジネス書を読んでいました。創業から3年ほどは、専門書と9対1くらいの割合でビジネス書のほうが多く、稲盛和夫氏など著名な方の書籍といった経営者と話ができるようになるための選書でしたね。というのも、論点が小さくなってしまうことを避けたかったんですよ。例えば有給を取りたいと言ってきた社員がいるという相談に対して、良い会社を作るには、といった、もっと広い概念で返すことができるような、自分で考える力をつける方向を目指しました。

解雇の問題にしても、10名のスタッフがいれば2名くらいは高く評価できない人がいる訳で、これはどんな会社でも許容していることですから、それも含めて辞めさせるという判断になるのかどうか。上層部が稼ぐということにフォーカスしている場合は、稼いでいない社員が凄く気に掛かるだけということもありますし、そもそも経営者自身が会社を儲けさせることができていないんじゃないかなど、そういうことを遠回しに、セミナーなどを聞いてくださったお客様へ”あなたのことではないですよ”というニュアンスを出しつつメディアを使って発信したりしています。

皆さん問題社員をゼロにしようとお考えになるようですが、そのような会社は見たことがありませんとお話をすると、そうなんだね、と納得してくださるんです。要は、上層部の質が上がってくることのほうが凄く大事だなと思うんですよ。本当に業績が悪いという場合は仕方がないですし、もちろん全力でお手伝いするのですが、業績は良いのに人員を削減したいというケースでは先ほどお話したように敢えて嫌なことを言う、本当に今それをやるんですか、というお話はやはりきちんとするようにしています。」

Q.「企業型確定拠出年金」業務とはどのようなものか?

「業務自体は非常にシンプルで、まず基本的にお客様は制度をご存じないので説明の上で提案をします。興味を持ってくれたお客様には選択制など制度の種類を決めていただき、従業員説明会を実施した上で導入、厚生局への届出書類を作成するといった感じですね。書類に必要な押印などの対応は、他の手続き系業務とさほど変わらないと思います。あとは就業規則の変更や、従業員の掛け金を記載するために給与明細の変更なども必要になりますね。継続業務としては、新規雇用時に説明動画を送ったり、入退社や掛け金の変更などのメンテナンスが主な仕事です。

営業の訴求ポイントとしては、経営者のメリットが大きいと思っています。やはり月額5.5万円、年間で66万円を社長の老後資金として無税で積立ができる、会社の福利厚生費で資産運用ができるという利点をきっかけにお話をすることが多いですね。しかし、私自身がこの制度で一番いいなと思っていることは、やはり働く人の幸せにつながることだと思っています。

例え1万円でもいいので、老後のために会社が退職金を積んであげるようにして、仮に2%〜3%で投資して運用ができるとすれば、20代〜30代で始めた場合は普通に1千万円以上の資産形成ができる計算になります。やはり老後に色々なノイズというか、不安なことが多すぎて集中できないような状態よりも、安心して仕事に集中できる環境があるほうが、従業員にとってもメリットがあると思うんですよ。

中にはこちらの提案を断るお客様もいらっしゃいますが、会社としても社員のことをきちんと考えているというスタンスを見せることは大事ですし、これくらいやってあげても良いと思うんですけどね。

また、厚生労働省への届出には6か月くらい必要ですし、なかなか難しい面もある業務なのですが、割と企業型に関しては士業事務所に競争力があると感じています。まず制度が複雑というか、社会保険や所得税、住民税などが絡んできますし、先ほどお話した就業規則や給与明細など専門性も必要ですからね。また、割と事業収益化までに時間が掛かりますので、良くも悪くも大手が手を出し辛いビジネスだと思うんですよ。ですから、士業事務所が勝負する領域としては複数の観点から良い面があるのではないでしょうか。

他の事務所との差別化に関しては、オンライン説明会を実施したりしています。無料のツールとして動画の提供や、お客様の会社で従業員に配布できるような漫画冊子を作ったりもしていますね。また、年に2回程度ですが資産運用の勉強会を社内で企画して、顧問先の従業員に見ていただくといったこともしています。制度自体は法律によるものですし、取り扱う会社によってオペレーションが変わる訳ではありませんから、なるべく顧客の体験価値が上がるようにと一所懸命に工夫したり改善したりしている最中ですね。」

Q.企業型確定拠出年金業務に力を入れた背景とその効果は?

「制度的には退職金制度の転換点という背景があって、大手がこぞって確定拠出年金を入れ始めた25年前くらいがピークだったのですが、前職で勤めていた百貨店でも確定拠出年金制度を導入してくれていたんですよね。私自身が制度に加入した上でポータビリティ機能を使って退職した経験から、凄く良い制度だなと思っていまして。ですが、普通に自分たちでこれを使って資産運用をしたいと思っても個人事業では加入できませんし、私が創業した当時は制度に前向きな会社も多くはありませんでした。

自分自身でもこの制度を販売したいと思い大手に声を掛けたのですが、断られて悔しい思いをしました。中小企業の経営者は全員もう無条件でやったほうが良いんじゃないか、というくらいのメリットがあるんですけどね。差し押さえ禁止債権ですから、全てを失うかもしれないリスクを負って事業をしている経営者にとっては、老後の資金を残すという観点でもやったほうが良いと思っています。

もう1点は、学生時代からデフレ下で生きてきた超就職氷河期世代のリアルな感覚として、給料が増えない中で労働収入だけを頼りに老後の資金を作るのは無理な時代なんだという思いがありました。資産運用の知識をもっと広めなければいけないんじゃないかと漠然と考えていた時期が長くあって、開業から5年ほど経った時に事務所として少し余裕が出てきたというか、少しだけ先が見え始めて、未来に向けて何かをやりたいというフェーズに入ったんですね。

そこで、もう1回制度の販売にトライしようということで、SBIベネフィット・システムズと組んで SBIぷらす年金プラン”を共同開発しました。自分たちで広げようと思い始めたところ、思いのほか顧問先からの反応も良く、初年度で60社くらい加入を希望するお客様がいらっしゃいました。今ではだいたい全国で4万社ほどご利用いただいているのですが、中小企業退職金共済制度(中退共)で現在35万社を取り扱っていることを考えると、正直なところ社会のインフラとは言えないレベルなんですよね。

そこで、もう少し広げるためにはどうすれば良いのかという風に考えて、これもSBIベネフィット・システムズと協力して税理社や社労士向けのパートナー制度を作りました。これを始めたことが、拡大のきっかけとしては大きかったですね。」

Q.今後、企業型確定拠出年金業務はどのようになっていくと考えているか?

「なるべく社労士業界に広げたいな、と思っています。やはり現政権は金融に力を入れているという背景がありますから、NISAが新しくなってこれからiDeCoなどにも注力すると予想していて、iDeCoといえば確定拠出年金的に企業型の仲間に入ると思いますし、日本全体としてこういう投資関係には追い風かなと見ているんですよ。

そうするとやはり、色々な保険会社や銀行なども業務に参入してきているんですよね。しかし私の感覚では、先ほども申し上げたように専門性が高いということもあり、社労士や税理士がやったほうが上手くいくと思っていますので、士業事務所、特に社労士事務所の仕事にしたいなと考えて動いているところです。

自分自身でライバルを増やしているのでは?という見方もあって難しいな、とは思うのですが、これも先ほど少し触れたように中退共の35万社に取って代わるようなインフラにしなければならないと考えているんですよ。そうすると、残り30万社を20年で獲得するとして、自分たちの事務所だけでは無理ですよね。もちろんプレイヤーが増えると価格の問題など色々な課題が出てくるとは思いますが、今は認知度を上げるフェーズですので、一旦は競合を増やしたほうが良いのではないかと思っているようなところがあります。」

Q.士業、社会保険労務士の未来予測は?

「これは横須賀さんに考えて貰うほうが良いような気がしますが(笑)、多分めちゃくちゃ世の中が変わっていくんだろうなと思っています。1つはやはり、これからはAIの台頭ということがありますので、浅い知識だともう生き残れないでしょうね、チャットが全て回答してくれる訳ですから。

しかし、相談において最後の意思決定をするという時にAIに尋ねるかというと、また別の問題だと思いますので、経営的な視点からアドバイスができる方向へ進むということもあるでしょうね。手続き系は今の流れで見ていくと、入退社の情報だけを集めて処理はAIを走らせるという時代に行きそうな感じがしますので、この領域は危険だなと思ってはいます。」

Q.これから生き残っていける士業事務所の条件とは?

「今は事務所の数も今増えてきていて、サービスが似たような感じに見えているところも非常に多いなと思っています。やはりこういう時代になるので、業務の絞り込みと専門性というか、顧客にどう見えるかをもっと絞っていかなければいけないな、と思っています。特に当社であれば本当に”確定拠出年金を依頼するのであれば当社だ”というところまで絞らなければいけませんし、反対に士業事務所の場合は商品名などで外から差別化を図るのはめちゃくちゃ難しいですよね、もちろんそれをやらなければいけないんですけど。

もう1つの方法としては、お客様の体験価値による差別化で、あそこへ頼むと従業員が本当に幸せになるよ、働きやすくなるよ、といったところを突き詰めていく必要があると思っていますし、そうしたことに視点を持つ事務所というのは意外と競争力があるのではないでしょうか。特に商品では本当の意味でサービスの差別化ができないという以上は、今後の勝負のポイントになるんじゃないかと思いますね。

企業型確定拠出年金は広い意味で資産形成ですし、学校教育でもお金に関する授業が始まっているという現状を踏まえると、さらに制度の認知度が上がってくる頃には就職先を選ぶ基準や、採用の基本事項になってくるように思います。その時にプラットフォームでありたい、そこが今、当社として狙っているところでもありますね。」

久野勝也 プロフィール

大学卒業後、大手百貨店に入社。
外商という富裕層向けの営業を担当し、知り合った経営者の役に立ちたいと考え起業を決意。
2011年社会保険労務士事務所を開業。受け身ではなく、企業の成長に貢献する提案型の社労士事務所として多くの顧客に支持をいただき、急成長を実現。
2017年企業型確定拠出年金の魅力に取りつかれ、企業型確定拠出年金の専門会社株式会社日本企業型確定拠出年金センターを創業。2019年(令和元年)5月1日より名古屋駅近くに名古屋事務所を開設。
現在は自社と顧客の生産性にこだわり、IT、クラウドツールの導入支援や積極活用と企業型確定拠出年金の導入支援を行っている。現在の顧問先は上場企業から小規模の企業まで幅広く380社を支援している。