いま、もう一度「女性士業」を考える:クレド社会保険労務士事務所 大杉宏美氏

いま、もう一度「女性士業」を考える:クレド社会保険労務士事務所 大杉宏美氏

事務所名:

クレド社会保険労務士事務所

代表者:

大杉宏美(社会保険労務士)

事務所エリア:

東京都

開業年:

2020年5月

従業員数:

Q 女性士業について感じることは?

「私は社労士になる前に行政書士として活動していたのですが、行政書士事務所を開業した2008年当時は女性が少なく、資格を取得しただけで実務はほとんどやっていないという方が多かったように思います。郊外の支部に所属していたという環境要因もあるのかもしれませんね、私自身も最初は自宅開業でしたし。ですから都会はまた事情が違っていたのかもしれませんが、支部のイベントなどで集まった際も女性士業はそこまで本格的に仕事をしている訳ではないよねという前提がある雰囲気でした。支部活動もメインは男性行政書士で女性はお茶汲みというのか、華を添える存在として見られているような印象を受けました。

今ではSNS上でよく拝見するので女性士業の絶対数は当然ながら増えたと感じているのですが、むしろ私の中では仕事として見た時に女性と男性を分けて考えたことがないくらいに、良い意味で女性が目立たなくなってきたな、と思っているほどです。士業の中でそれほど特別な存在ではないというのか、是非は別として昔ほどには女性○○という呼称も使われなくなっている中で、女性士業という言葉も既に過去のものなのかもしれませんね。

それでも女性固有のライフイベントは存在しますし、男女平等と言えど生物学的な性差などの違いもありますので、そうした意味で取材を受ける意味があるのかなと思って今回のお話をお引き受けした次第です。ただ、士業もまた一つの事業でありビジネスであるという側面で考えると、社会に価値を提供するという意味では同じように活躍していると感じています。」

Q.現在の事務所経営の状況は?

「医療クリニック専門の社会保険労務士として、3号業務をメインに個人事務所を経営しておりまして、スタッフは雇用していない状態です。ただ、経営コンサルティング企業の役員も兼務していますので、グループ会社の社員さんがたまにお仕事を手伝ってくださることはあります。また、グループ会社とはチームとして同じクライアントに対してサービスを提供していたりもしますので、協業するスタイルのお仕事も多いです。」

Q.過去の総拡大路線の空気について、どう感じていたか?

「正直、その当時は子供がほとんど赤ちゃんの状態でしたので周囲を気にしているような余裕もなく、あまり興味がなかったというのが本音です。自分の仕事も扶養の範囲内にとどめていて、子供の成長と共に仕事に割くことのできる時間が増えていきましたので、合わせて徐々に仕事量を増やしていったという状況でした。

また、私が士業を選んだ理由として、社会に価値を提供したい、世の中の役に立ちたいという奉仕の精神が強かったので、そもそも稼ぎたいのに稼げないですとか、規模を大きくできないというジレンマはなかったんですよね。そういう意味でも拡大路線の空気とは無縁だったように思います。」

Q.女性士業特有のキャリア中断に対するジレンマや多様性の可能性について思うことは?

「冒頭で、今はもう女性も男性も関係なく士業として活躍している感じがするとお伝えしましたが、もし仮に男性と女性で何かしら分けることがあるのだとすれば、出産という女性にしか発生しないイベントがありますよね。これはもう、本当に強制的にキャリアが中断されますし、自分で完全にはコントロールできないという点からも影響が大きいと思います。

もちろん個別の事情があることは理解していますが、一般的に男性の多くは女性が出産で経験するような中長期的な制限を受けず自由に働き続けることができていて、そこに全くジレンマを感じない訳ではありません。ただ、規模のお話とも関連しますが、同じ女性であってもジレンマの種類は違うように感じています。

繰り返しになりますが私の場合は活動の原点が”世の中の役に立ちたい”というもので、これは日本という安全な環境で生まれ、ちゃんと家があって美味しいご飯が食べられて勉強もさせてもらえるという恵まれた自分の得たものを、社会にお返ししなければいけないという使命感からで、子供の頃からずっと変わらずに思っていることなんです。ですから私にとって出産によるお仕事の中断は、社会に貢献できていない自分に対する焦りや、若干の申し訳なさから来る葛藤であって、自分のビジネスキャリアそのものに対するものではなかったと捉えています。

今にして考えると視野が狭かったと思いますが、当時は社会貢献について事業を介した方法に限定してしまっていたんですよね。ですが出産という経験を経て、自分の育てた子供たちが大きくなって未来を作ることも、社会に対する1つの価値提供であって、それは間接的に自分が価値を提供しているんだなということに気づいた時から、葛藤がなくなりました。

また、多様化における可能性という意味では、似たような経験をしたことで共感ポイントが増えるということの価値は高いと思っています。具体的に申しますと、私のクライアントは主にクリニックの院長先生ですので、国家資格者として見れば士業と非常に似ていますよね。学歴社会を経験して資格を取得し、有資格者としての使命を持って事業を展開している、これは1つの共感ポイントです。

ここに院長先生が女性の場合で出産という経験が加われば、更に共感が増します。今まで培ってきたものが強制的に中断され、社会的使命があって価値を提供したいのにそれができずに悶々と悩むという葛藤や負い目は、経験はもちろん環境や感情面からも理解を深めることができますので、士業とクライアントがより強い信頼関係を築くことができる強みになっているなと感じているんですよね。そういう意味ではキャリアの中断も多様性の1つとして、経験として活かすことができるのではないでしょうか。」

Q.これから、事務所経営の多様性はどのようになっていくと考えているか?

「女性士業というテーマを踏まえてお話しますと、女性の場合は旦那様という収入の柱に守られているから、自分で稼ぐ必要がなくて良いね、という目で見られるのが凄く嫌だというご意見をお聞きする機会があります。私自身はそういう環境にいられるという自分の立場に感謝していますが、引け目を感じるという気持ちも理解できないではありません。ただ、もう少し広く捉えても良いんじゃないかな、と思っています。

自分の能力で社会に価値を提供するという前提で考えれば、必ずしも個としてではなく、自分が関係しているコミュニティやチーム全体で貢献できればそれで良いと思っているんですよね。その上で、どうすれば自分の価値提供が最大化するかは、人によって違うと思うんですよ。例えば子育て中で自分の事務所の売り上げはそれほどでもない、ただし自分が家庭にリソースを割いているからこそ、夫は仕事に注力できて収入を得ている、これはもう家庭というチームの力によるものですよね。

あくまで代表として夫が給料を受け取っているだけで、その夫が幸せに働ける環境や心の拠り所にしている家庭は自分たちのチームで作っている訳ですから引け目を感じる必要はありませんし、大きな事務所で大きく稼ぐことが士業としてただ1つの価値観ではありませんので、事務所経営も自分が価値を提供しているものの1つとして考えると良いのではないでしょうか。

また、働き方も多様化していますので、ご自身がお嫌でなければもっと自己開示をしても良いと思っています。私は誰かと一緒に仕事をする機会が多かったので、小さな子供を育てていることなどは割とオープンにしていました。ですから周囲も理解してくれていましたし、そもそもお客様を含めた関係者が一番困る状況は、自分が働ける条件の変更などを突然言われることだと思うんですよね。

例えば受験など、子供のイベントは何年も前からわかっている話ですので、日頃から自分が教育には力を入れていて何年後にはこういうことがある、という情報を仕事仲間と共有していれば、それを前提に動くことができますから準備ができます。お客様に対しては絶対に質を下げることをしてはいけませんが、受任数は調整できるので、私は子供の受験の1年前から新規顧客の獲得を控えていました。

もちろん、売上が低下する訳ですし機会の喪失も否めませんが、また盛り上げれば良いという考えですね。事業はいくらでも挽回できますが、子供の成長をあとから取り戻すことはできません。もちろん色々な考え方があると思いますが、私はお客様や関係者に迷惑をかけないのであれば、どちらを取るのか迫られる状況では取り返しのつかないほうを選びますね。

実際、既存のサービスを何か減らしている訳ではなく新しくお引き受けしないというだけですので苦情をいただいたことはありませんし、自分で申し上げるのもなんですが、自己開示をすることで私の生き方そのものに共感して”ファンです”と言ってくださる方もおられるくらいで、やはり昔に比べて多様な経営スタイルが受け入れられる土壌があるなと感じています。

やはり自己開示することで共感ポイントに気づきやすくなりますし、ラポールも生まれやすくなるように思います。もちろん、不躾に相手へ色々と聞いてしまうのは絶対にいけませんし、個人情報の問題もありますから自己開示に抵抗ないようであれば、ということにはなってしまいますが、自分が心を開けば相手も開いてくれますので、生きやすくなるし仕事もやりやすくなると思いますよ。」

Q.今後、士業事務所が生き残るためには何が必要か?

「キーワードとして何度か共感という単語を出しましたが、ここ数年はずっと大事にされている価値観ですし、そういう意味でも今後は女性士業がとても活躍しやすい時代になると思っています。やはり女性特有の事象やライフイベントなど共感ポイントが多いことに加え、業界にもよりますが例えば私のクライアントは医師ですので、やはり男性社会なんですよね。

女性の数が少ない世界で、更に子供を産んで育てながら働いているとなると大きな共感が生まれます。特に昔は子育てしながら働くという環境が今に比べてそれほど整っていませんでしたので、その時代を乗り越えて進んできたという事実は、同じ時代に同じ経験をした女性のクライアントにとって非常に強い共感ポイントで、一気に距離が縮まりやすいということがあります。

ですから、自分の魅力を色々な側面から出来るだけ多く引き出して、それを見ていただく、ということが生き残る上で必要なのではないでしょうか。士業という側面は、自分という存在に一方向から光を当てた時に見える一部分でしかなく、他にも色々なリソースがある筈ですよね。他の部分から光を当てると見えてくるものが多ければ多いほど、共感ポイントを見つけられるお客様の幅も広がると思うんです。とはいえ自分の魅力が見つからないという場合は、人に聞いてみるのも良いと思いますよ。

自分を表すハッシュタグという風に考えると、例えば私ならもちろん”#社労士“は自分でもわかりやすいですが、”#営業“や”#コミュニケーション“は人から価値があると言っていただけて初めて気づいたものでした。外から見える自分の価値をたくさん見つけて開示して、共感してくださる方々とお付き合いしていくことができれば、我慢したり何かを抑えたりストレスを抱えてということではなくて、自分らしく輝いて生き残っていけるんじゃないのかなと思います。」

大杉宏美 プロフィール

クレド社会保険労務士事務所代表。大阪大学法学部卒業。 サントリー(現サントリーホールディングス)株式会社を経て、医業経営コンサルティング会社に参画。クライアントの抱える多様な問題に応えるため、社労士資格、行政書士資格を取得し開業。医療法人・スタートアップ企業の労務コンサルティングを得意とする。医業専門リーガルサービス法人共同代表、専門家集団『BAMBOO INCUBATOR』所属。医療労務コンサルタント、キャリアコンサルタント。