KiteRaは社労士業務をどう変えるのか?:株式会社KiteRa 植松隆史氏

KiteRaは社労士業務をどう変えるのか?:株式会社KiteRa 植松隆史氏

事務所名:

株式会社KiteRa

代表者:

代表取締役CEO 植松隆史

事務所エリア:

東京都港区

開業年:

2019年4月

従業員数:

約80名

Q.社会保険労務士・士業の業界のDX化についてどう感じているか?

「社労士含め、士業のDX化については非常に前向きに捉えています。やはり業界における業務効率化という視点と、ユーザーさんの視点ですよね、顧客満足度の向上というものを激変させる可能性を秘めているという風に思っています。また、当社のようにDX化やデジタル化を通して、従来の士業に縛られない、革新的なサービスやビジネスモデルを生み出すことができるのではないかという点についても、非常に期待しているところです。具体的には生成系AIを使ったサービスなどは、従来の士業では考えもつかなかったものではないでしょうか。

また、士業の中でも特に社労士業界は、色々な会社のデータを扱うことが多く、給与データはもちろん、社会保険関係のデータをきちんと利活用できる可能性が広がっていくということもあると思います。これは業務プロセスの正確さや効率といった、品質の高いサービスの提供へも繋がっていくのではないでしょうか。データ分析を活用することで、顧客企業の労務データや業績データを基に戦略的なアドバイスが可能になりますから、これまで以上に企業の成長をサポートするパートナーとしての役割を担うことができるようになると考えています。

このように、プラス面としては業界全体の競争力を高める要素になりますが、同時にデータセキュリティやプライバシー保護の重要性も増していくことが予想されますし、人材育成やスキルアップも不可欠となりますから、これらの課題にしっかりと取り組んでいくことも重要ですね。」

Q.「KiteRa」とは何か?(KiteRaの説明)

「社内規程の作成、編集、管理のほか、従業員への周知、行政への届出といった、管理プロセスを一元化できる機能を備えたSaaSです。具体的には、作成機能の一つとして弁護士や社労士などの専門家が作った豊富なテンプレートのご用意がありまして、そこから自社に適した形でカスタマイズしていただけます。また、もう一つの作成機能として、企業特性に応じた設問に回答することで規程ができあがっていくという半自動化の機能もございます。

商品ラインナップとしては社労士向けの『KiteRa Pro』と、一般企業向けの『KiteRa Biz』の2種類がございまして、社内規程類を取り扱うサービスであるという点においては一緒ですが、それぞれのユーザーさんが求める用途に合わせて機能に違いを持たせています。例えば、従来であれば社労士さんが規程をお預かりして修正したものをメールに添付して先方にご確認いただき、それがまた戻ってくるといったようなラリーが発生していたところを、社労士向けであれば顧問先の担当者さんと共同で使用していただけるワークスペースをご用意しておりますので、双方が履歴で管理できるようになっています。

『KiteRa Biz』のほうは、例えばグループ会社や子会社の規程管理状況がどうなっているのか一元的に見ることができるダッシュボードの機能や、少々細かいですが従業員がシングルサインオンできるような機能がございまして、企業の人事担当者にとっての使いやすさを追求した仕様になっています。」

Q.「KiteRa」開発の背景や効果は?(開発理由や結果)

「これは私の原体験が元になっています。2019年4月に株式会社KiteRaを創業する以前は、システム会社で14年ほど人事労務の担当者として働いていました。都内にある130名くらいの、それほど大きくない会社でしたが、経営方針としてIPOを掲げておりまして、株式公開のために必要な経営管理体制の強化やリスク管理、要はプライベートカンパニーからパブリックカンパニーになるために、上場企業として求められる体制に変えていく必要がありました。そこで、退職前の3年間くらいは経営企画として内部統制や企業のガバナンスを構築するといった業務にも携わっていました。

内部統制や監査法人などへの関与は私が中心となって進めていたのですが、何が大変かと申しますと、やはり嫌われる仕事なんですよね。統制をかけますので、あれをやっちゃダメ、これをやっちゃダメということを言ったり決めたりする訳ですから。さらに、会社の制度やルール作りにとって大切なのが、暗黙知のルールではなくこれらをきちんとドキュメント化することで、解釈のズレがないように文章として残していくということが極めて重要になってきます。

当時はドキュメントの作成に世界中の誰もが知っている某社の文章作成ソフトを使用していました。しかし、法律文書のような建て付けになっているものはすごく編集しづらいんですよね。複数人でやりとりをすると、条番号が振られている箇所のインデントがズレていたりして、職人のようにスペースを連打するなど(笑)、流石にこれは非効率だなと思っていました。

そこで、ソフトウェアハウスにいたおかげで周囲にソフトウェアのエンジニアが沢山いましたから、手が空いた時などに、もっと効率的に上手く編集できるエディタ機能を備えたものを作って欲しいんだよねという声掛けをしていたところ、それを当時の社長が見つけて”植松なんか面白そうなことをやっているな”と。社内規程ということであれば、他の会社でも使ってもらえるんじゃないか、当社の新規ビジネスの種としてやってみたらどう?という話に発展したんです。私も調子に乗って、じゃあやりますと言って予算をつけて貰って始めたのが、『KiteRa』の卵が生まれたきっかけでした。

そこから3名でプロジェクトを立ち上げて開発を進めていたのですが、ちょうど半年くらい経った頃でしょうか、会社の経営方針が大きく変わる出来事が起きて、我々が手掛けていた新規プロジェクトもその影響を受けて、社内で継続することに不透明感が出てきました。なんとか継続できるように会社と話し合いを重ねましたが、

我々3名が外に出てやったほうが成功確率も高そうだし、上手くいくのではという考えに段々と変わってきて、最後には私たちはここを出ますという形の交渉をしてスピンアウトしました。

ソフト自体はこの時点で7割から8割くらいの完成度でしたが、まだローンチできるような状態ではなく、開発を進めて最初は社内向けに展開しました。ローンチから半年くらい経った頃から、社労士の先生方が使い始めているという大体のログが取れるようになってきました。しかし私自身も社労士でありながら、どうしてこれを使っていただけているのかよくわかっておらず、不思議だね、と話しているような感じだったので、ユーザーさんへ聞きに行くことにしたんです。

そうすると顧問先の就業規則を作るのにすごく便利だからという声が聞こえてきたのですが、ちょっと待てよと。社労士は就業規則を作るという仕事に対して、何か職人技や自分のステータス、プレゼンスを高めるためにやっている訳じゃなくて、嫌がっているとまでは言わないものの、それほど積極的な姿勢ではないということが分かってきたんです。社労士の先生方が大変に思っているというお話が聞けて、自分の原体験と同じような非効率さを感じているのであれば、課題の解決という方向性は合っていたんだなと思いました。

当時は社労士という立場ではなかったものの、自分が就業規則を作る過程で感じていた課題は、同じようにやっている先生方も感じているということが判りましたし、社労士のユーザーが増えていたこともあって、ここで社労士向けに振り切ると決めました。一般企業の声を拾っての開発も進めていたのですが、社労士向けに注力したところ、功を奏して2年半ほどで一気に1,000社くらいまで伸びました。士業向けのスポット業務管理ソフトがありそうでなかったことや、士業という業界が一般的なソフトウェア会社にとって手が付け辛い分野であること、一方で割とIT感度の高い士業が一定数存在しているという背景も手伝い、不謹慎かもしれませんがコロナ禍に入った直後のタイミングであったことも、追い風になったと考えています。

設計思想としては、楽になる、効率化できるということをコンセプトにした機能開発を中心にやってきました。あとは正確性というのでしょうか、私の経験上、条番号がズレているだけで揉めごとの種になってしまうというケースもありましたので、管理ミスが命取りにならないように、最低限システムでカバーできるように考えました。また、社労士の先生方にとって一番の関心事だったのが、お客様に対してどういう風に付加価値を出していくかという点でしたので、お客様とのコミュニケーションを意識したプロダクト作りを心がけました。一般企業向けの開発にはこの発想がありませんでしたので、顧問先とのリレーションがしっかり取れる機能を中心に作り始めたものが『KiteRa Pro』ということになりますね。

トータルで60規程ほどのご用意がありますので、よほど特殊な内容でない限り社労士が一般的に取り扱う規程は当社の雛形でほぼ作れますし、お客様ごとにカスタマイズが簡単にできるような設問機能も備えているという特徴が、先様へのサービスや付加価値になると思っています。また、顧問先様にもある程度の機能を無料で使っていただけますので、先方にある程度自走して貰いつつ社労士の先生方が伴走できるという、絶妙な関係性を作っていただけると良いなと思っています。

社労士の先生方からは具体的な感想もいただいていて、例えば最新の法改正に準拠していくという作業について利便性が高いという評価を頂戴しております。顧問先から受けるオーダーとして、例えば育休など定期的に変わるタイミングで社内規程も変えなければならないことがあります。そうした時に、顧問先様からお預かりした規程のどこに該当の条文があるのかを探すのは割と大変ですし、それが本当に今回の改正に影響しているのかどうかをレビューするのも大変なんですよね。当社のシステムであれば簡単に探り当てられますし、新たに必要な条文もシステム上に条文集という形で雛形が存在しますので、差し込んでいただくだけで対応できるといった機能は、特に作業上のご負担を軽くしていただけているようです。」

Q.「KiteRa」は競合他社との違いをどう考えているか?

「我々としてはあまり意識していないのですが、お客さんから見ると同じように見えるということはあるかと思います。ただ、AIを搭載したものや人事労務のオプションとして規定管理機能を付けたものなど競合するツールは幾つかあるのですが、お客様とのやり取りまで含めた、一元的なプラットフォームとしての機能は当社にしかないと思っています。

要はレビューだけ、あるいは編集だけではなく、作成、編集、管理、従業員への周知、行政への届け出といった、規程管理のマネジメントサイクルを一元的に扱えるという点が、当社独自の価値であると考えています」

Q.社労士・士業のDX化は、今後どうなっていくか?

「今後ますます加速していくと考えています。デジタル技術の進化が止まることはないでしょうから、業界も変化に適応し続けることが重要かと。例えば昨今話題のAI技術の進化と活用について具体的に述べさせていただくとすれば、AIチャットボットを活用した労務相談サービスの提供、自然言語処理を活用した書類解析、データ分析を活用した労務管理、給与計算・社会保険手続きの自動化などでしょうか。知識検索や情報収集が効率化されますので、専門家はより複雑なケースに集中できるようになりますよね。

士業向けというところからは少し外れてしまいますが、当社の今後としては私の原体験である内部統制やガバナンスをシステムでサポートできる、そんなプロダクトを作っていきたいと考えています。内部統制といっても色々な構成要素があって、現在は制度化や仕組み作りの一部分としての社内規程に焦点を当ててビジネスを展開しているところ、それ以外の内部統制に関わるドキュメントにも手を広げたいです。

それこそSNSやPマーク、内部統制報告書もそうでしょうし、あとは3点セットと言われている、リスクコントロールマトリックス・業務フロー・業務記述書、挙げるとキリがありませんが、こうしたものは相互に影響し合うドキュメントなんですよね。規程を変えたからといって全てが変わる訳ではなく、影響や準拠しなければならないルールなどを見ていかなければいけない、簡単に申し上げるとISMSの文章を書き変えなければいけない可能性があったりします。

しかし、こうしたところを社内で網羅的に把握できている人は恐らく殆ど存在せず、探り探りで対応している会社が多いと思っていますので、まずは周辺領域から、最終的には内部統制を司るシステムに昇華させていきたいと考えているところです。例えばアメリカのSAPやWorkdayもそうですし、ServiceNowなど、コンサルファームが窓口になっている大手企業向けのシステムがイメージしていただきやすいと思いますが、これらの中堅企業版というか、手軽にと言うと語弊があるかもしれませんが、『KiteRa』が入っていれば内部統制まで担保されていて、ちゃんと整っているはずだよね、あとは監査項目として統率をやれば良いね、ということができるような世界であれば良いなと思っています。」

Q.今後、社労士・士業が生き残っていくためにDX化やAIの活用については、どのような考え方が必要か?

「業界全体が積極的かつ主体的に取り組むことが重要ではないでしょうか。新しい技術やツールを率先して導入し、業務効率化やサービス品質の向上に努めることで、競争力を維持・向上させることができると思います。使うかどうか、ではなく、どう使うかを考えることが重要だと思いますね。DX化やAIの活用に伴って変化する顧客ニーズに対応するためには、継続的な学習とスキルアップが必要ですし、自社と顧客を守るためのデータセキュリティとプライバシーの保護もますます重要になってくるでしょう。

また、生成系のAIについて触れさせていただくと、LLM(大規模言語モデル)を使ったサービス型のAIは本当にすごいことになると思っているのですが、一方で気を付けないといけない点も多く出てくると思います。法律の整備や信頼性の問題もあるのですが、一番大切なのは、ユーザさんに

安心してサービスを使っていただける形にすることではないかと思います。そういう意味で、サービスの提供者としてしっかり責務を果たしていく必要があるのではないでしょうか。

また、現在は結局チャット形式ですので、どういう聞き方をすると自分にとって望ましい、自分の欲しい情報として回答が返ってくるのかという、質問の仕方のスキルがすごく重要になってくると思います。例えば検索1つとっても検索スキルというものがあると思いますが、実際に自分がAIチャットを使っている中でもユーザーとしての活用スキルを身に付けていく必要があるだろうなと感じていますね。」

Q.「KiteRa」の展望とこれから生き残っていける社労士・士業事務所の条件とは?

「確かに厳しい時代なのかもしれませんが、本質はあまり変わらないのではないかと思っていまして、AIとDXという文脈の中で生き残れるか生き残れないか、というのは少し違うと考えています。要は、きちんとお客さんと向き合って、本質的なサービスを追求していれば、どういったテクノロジーがあっても別に生き残っていけるんじゃないかと思っています。お客さんとの相互理解など、信頼関係の高いサービスを提供し続けている限りは、AIやDXの波が来てもあまり関係がないかなと。

ただ、取り入れていかなければいけないという思いはすごくあります。私はいつも医療の世界を例に出すのですが、今は癌の診断をほぼ画像処理で確定できるんですよね。しかし最終的にはドクターの経験によって必要な判断をする、士業もこれと同じだと思うんですよ。例えばAIで契約書をレビューして、間違っている箇所や変えたほうが良い部分について大体のアタリをつけてレコメンドする、しかし最後は専門家の判断というお墨付きを付けるということが、ユーザーさんにとっても安心材料というか、決め手になると思うんですよね。ですからむしろ、士業にとっては追い風なんじゃないでしょうか。」

植松隆史 プロフィール

芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科卒。
新卒で東京セキスイハイム株式会社(積水化学工業株式会社100%出資)に入社。
その後、システムインテグレーション会社にて約14年間、人事労務、経営企画及び内部統制の構築業務に従事。2019年同社退職。
同年4月社内規程類の作成・管理クラウドサービスを提供する株式会社KiteRa及び社会保険労務士法人KiteRaを創業。

2013年社会保険労務士登録(東京都社会保険労務士会所属)
一般社団法人 AI・契約レビューテクノロジー協会理事