1冊の出版から始まった情報発信技術:社会保険労務士事務所シエーナ 吉川 直子氏

1冊の出版から始まった情報発信技術:社会保険労務士事務所シエーナ 吉川 直子氏

事務所名:

社会保険労務士事務所シエーナ

代表者:

吉川 直子(社会保険労務士)

事務所エリア:

東京都豊島区

開業年:

2005年4月

従業員数:

2名

Q.士業の書籍を含めた情報発信についてどう感じているか?

「改めて今後ますます必要なことだと感じておりまして、やはり差別化の方法としては情報発信しかないのではないだろうか、という風に思っています。

横須賀さんもよく仰っていますけれども、士業の仕事の中でも特に書類作成や手続き代行などは、お客様としては成果物として誰がやっても同じものが出てくるような印象を受けていらっしゃると思います。もちろん厳密には違っていて、実際にはそのプロセスや周辺知識などに差があるものですが、それがお客様から見えづらいということがありますので、それでは自分は何者でどこが違うのかという所を分かっていただくためには、情報発信をして自分がどういう人なのか、どういう事務所なのかをお伝えするしかないのかな、と今また改めて思っているところです。

実際に私も独立した際は、お客様を獲得しようという営業目的でまずブログを始めて、情報発信をしていました。当時はまだSNSがありませんでしたので手段がブログくらいだったのですが、思っていた以上にお客様から直接のお問い合わせをいただきましたし、出版や執筆のご依頼、パートナーとなる士業の方々との出会いなど、確実に様々な成果につながったと思います。ある意味でこれが一つの成功体験と申しますか、私の場合はブログでしたが、何か1つでも情報発信をすれば差別化になる、伝わるという確信のようなものは持っていますね。

正直この2〜3年は私もあまり情報発信をしていなかったんですれけども、今回このインタビューのお話をいただく前にやはり改めてもうここしかないと、そういう意味で2023年は自分の中でもう1度ブログやホームページで情報発信をしようという風に決めていましたので、今年の目標の1つとして今やり始めているところです。逆に情報発信をしないと生き残れない、それくらい必須であるという風にも感じていて、これは自分自身に言い聞かせているところでもありますね。

特に情報発信を継続することは正直なところ簡単ではないと思っておりまして、そうしたことから私も一時期継続できていなかったのですが、その経験を得たことで改めてどれほど大変であってもそれだけのメリットがあると言いますか、必須であるという結論に戻ってきたということはあります。やらない選択肢はない、というくらいに今は思っていますね。

私はブログから始めたということもありまして、基本的に他の発信方法はまだ試していないのですが、使い分けなどが難しいなという風に感じています。本格的に着手するかどうかは置いておくとして、動画というコンテンツはアリなのかなと思うのですが、それ以外はあまりピンときていないところがありまして、それぞれが複雑化してきてもいますし、同じことをやっても仕方がないですからね。

もちろん不特定多数の皆さんへの発信ということもあるでしょうけれども、私はやはり情報発信の目的としてまず顧問先や既存のお客様に対するコンテンツの1つとして動画があるのかな、という風に考えています。外向けで申し上げますと、お客様を直接獲得するということもそうなのですが、例えばパートナーになり得る他士業の先生がた、それこそ税理士の先生や行政書士の先生が見て良いなと思ってもらえる内容など、ダイレクトにお客様へ、という感じではないのかなということは、個人的に思っています。まずは一部の方々へ向けてと申しますか、お客様やビジネスの関係があってお金を払っていただいている方たちに対する情報発信を優先した方が良いのではないかな、という風に思いますので。」

Q.商業出版を決めた動機や背景は?

「やはり元々何もないところから独立をしていますので、ブランドの一つとして本を出版するということはやりたいな、という風に少し思っていました。そこで先ほどもお伝えしたブログという情報発信をしていたところ、企画を執筆できる著者を探しているということでお声がけいただいたのが、1冊目の単行本である『人ひとり雇うときに読む本』です。ありがたいことに横須賀さんが企画してくださったんですよね。私は本当に運が良いと言いますか、とても良いご縁をいただいて。

私に出版なんてできるのかな、という気持ちもあったのですが、それよりもやはり独立してここからやっていかないといけない、やれることは何でもやろう、と思っていましたし、どちらかというと文章を書くことがそんなに嫌いではなかったので機会をいただけたのであれば是非にとお引き受けしました。出版は営業的なツールとしても、あとはブランドを作るという意味でも絶対に必要なのではないかという風に思っていましたね。

2018年に出版した『社会保険・労働保険手続きインデックス』は今度の4月に改訂版が出るのですが、こうした改訂版と共著を含めますとこれまでに全部で10冊を出版しています。最初の2冊は横須賀さんのプロデュースで書かせていただいたんですよね。その後の共著などは、士業仲間の方々からお声がけいただいたものもありますし、それ以外にはやはり情報発信をしていたブログやホームページなどからご依頼いただいたということもありました。私は自分で企画をしたことがないんですよね。

4冊目の『中小会社の人事・労務・人材活用図解マニュアル』という本は、この企画を書ける著者を探していたということでダイレクトにホームページへオファーが来たものですし、先ほどお話に出ました『社会保険・労働保険手続きインデックス』は、私が独立した時にブログを書いていたことで出版元である税務研究会さんからお声がけいただき、同社の雑誌で社会保険についての連載を担当した実績があったため、2〜3年前に書き手としてお声がけいただいて出版に至ったという経緯があります。」

Q.商業出版の効果は?

「直接的に本を見てお客さんになりたいと声をかけていただいたり、お問い合わせをいただいたりすることも無くはないのですが、どちらかと申しますと間接的に効果を感じていることが多くて、それはやはりブランド的な、営業的なプラス面ですね。

例えば私は中小企業大学校さんで7年ほど労務管理の講座を受け持っているのですが、著書がある場合にはテキストとして講座で使用することができるんです。テキストとサブテキストで2冊が使用可能という実務面もあるのですが、やはり受講者の皆様にも本を書いている先生なんだ、ということで信頼していただけているように思います。また、著作としてまとまっているものがありますと、講座だけで伝えきれないことも本で伝えることができるということがありますし、やはり講師のご依頼をいただく際にも本を書いている先生であるということが信頼につながっていて、安心材料になっているという風にも感じています。

他にも税理士の先生などからお客様をご紹介いただく際にも、自著を持って伺い”これを書いています”という風にお伝えすることで、自分の口で”信頼してください”と申し上げるよりは本が分かりやすく証明してくれて、安心できる先生なのかな、という風に思っていただける効果があるように思いますね。

本の評価についてダイレクトにお聞きしたことはそれほどありませんが、例えばご契約いただいているお客様から手続きの詳細をお伺いする前に、”いただいた本を見て確認したらこう書いてあるのですが”という感じで、目を通した上でお問い合わせをいただくこともありますので、そういう意味で活用していただいているのかな、と思います。

出版した際にはお客様へお送りしますし、新規のご契約をいただいた際にも主要な本はお渡ししています。やはり一応こういうことを書いているんです、という1つの成果物みたいなものですから、分かりやすい”見える化”と申しますか、お客様から見ても本を出している人なんだ、と思っていただけているように感じていますね。」

Q.士業の商業出版は今後どうなっていくと考えるか?

「斜陽産業では、との声も聞かれますが、やはり個人的にはまだまだ商業出版はブランド力があるという風に思っていて、私自身がこれまでにお伝えしたような効果を感じていますので、今後も1つの確立されたブランドとして残るのではないでしょうか。

情報そのものが昔より凄く多くなっていますよね。インターネットもそうですし、ブログだけではなく色々なツールもありますから、情報発信自体は誰にでもできる時代になっていて、だからこそ情報発信が絶対に必要だと思っていますし、その中でもやはり商業出版はきちんと形になって残るという点で、ブランド化されていると思います。だからこそ、今後も自身のブランド力を上げるという意味では凄く有効なツールではないかという風に思うんです。

また、好き勝手に情報発信をするだけではなく、1つのまとまったコンテンツとして作成しているということは、きちんとしたアウトプットができるということの証明物になると思うんですよね。これはこれで一方的なSNSなどの情報発信とは違うスキルが必要で、ちゃんとした1つのテーマで体系的に分かりやすくまとめあげる、そしてそれを伝える、アウトプットするというのは、また1つの高度なスキルだと思いますので、そうした意味では残るものだと思いますね。逆にもう、書くということができなければ生き残ることが難しいのではないか、と個人的には思うくらいです。」

Q.これから士業が生き残っていくために、書籍を含めた情報発信はどうすればよいか?

「やはり自分の強みや専門、それに差別化を意識した発信が必要なのではないかという風に思います。私の場合は社会保険労務士という側面だけではなく、人材育成についてもお手伝いできるということで、ずっとビジネスコーチングをご提供しておりますので、そういう意味では特に中小企業の人事まわりを丸ごと全部ご相談いただけますよ、というところを強みとしてやってきていますね。ですから、一般的な社会保険労務士としての労務的な情報発信だけではなく、例えば今ですとハラスメントなどの少し特化したテーマに関する情報発信を結構意識的にやっているという感じです。

ただ、最初から何もかも分かってやっているというよりは、取り敢えずやってみよう、というところから突き詰めて見えてくるものがあると言いますか、やってみないと分からないということはありますので。繰り返しになりますが、やはりもう情報発信が必須だと思っていて、私も改めて2023年から自分でもう1回やってみようと思っているくらいですから。

あとは少し難しいところでもあるのですが、結局今は本当に情報がたくさんあって、それこそ横須賀さんがセミナーをやっていらしたChatGPTなどのツールも出てきてしまう訳ですよね。AIについては現時点で回答が正解なのかどうかは置いておいて、例えば労務相談についての正確性ということであれば解決は時間の問題でしょうから、色々なツールが出てくる中でどうやって生き残っていくのかということは私も結構考えまして、それではどこなのかと申しますとやはり個別対応の属人的なところだと思うんですよね。どんなにAIが凄くても一般的な回答しか返ってきませんので、個別対応は結局残る、具体的にはお客様に合わせた対応ができて、お客様の代わりに考えることができるという部分は残るだろうと思っていますので、そこなのかなと。

あとはやはり、事例をたくさん持っているということですかね。やはりこれもネット上には一般事例しかありませんので、突き詰めた細かい事例は残るでしょうから、そういったことを積み上げていくことが大事なんじゃないかな、と思います。蓄積やUSPを持った上で、しかも見つけてもらわなければいけない訳で、そのための情報発信ということですものね。どこかで探している方がいて、人によっては結構細かい条件で探しておられますし、その中で待っているだけでは見つけてもらえない、見つけてもらうためには情報発信が絶対に必要だな、それをやらないでどうやって生き残っていくのかな、と思っています。」

吉川 直子 プロフィール

株式会社シエーナ 代表取締役。
社会保険労務士事務所 シエーナ 代表。
社会保険労務士・(一財)生涯学習開発財団認定コーチ。

新卒で入社したアパレルメーカーの倒産をきっかけに、専門スキルを習得する必要性を実感し24歳で未経験ながら労働保険事務組合(社会保険労務士事務所併設)に勤務。その後中小企業の人事労務管理、大企業のアウトソーシング業務等9年間の事務所勤務経験を経て2005年に独立。人材育成への関心から2003年よりコーチングのトレーニングを開始し(2005年(一財)生涯学習開発財団認定コーチ資格を取得)、あわせて中小企業経営者や士業の方を対象としたプロコーチとしても活動する。

その後「組織」へのコーチングアプローチに特化するためコーチング事業を法人化し、2011年株式会社シエーナを設立。1on1コーチングでは幹部社員や管理職の主体性を高めリーダーシップ力を高める支援を行っている。

現在は、株式会社シエーナにおいては、成長を目指す企業にコーチング、企業研修等を提供。また、社会保険労務士事務所シエーナでは、中小企業の人事労務管理のサポートを中心に活動中。プライベートでは1児の母。

商工会議所等講演・研修実績多数。著書に「社会保険・労働保険手続きインデックス(税務研究会)」「中小会社の人事・労務・人材活用図解マニュアル(大泉書店)」 「人ひとり雇うときに読む本(中経出版)」「顧問先の疑問に答える税理士が知っておきたい人事労務の基礎知識(清文社)」「社会保険労働保険はじめての届出&簡単手続き(技術評論社)」「働く女性のためのパート労働法早わかり(中経出版・監修)」などがある。