未来を創り出すマーケティング:税理士法人V-Spiritsグループ 中野裕哲氏

未来を創り出すマーケティング:税理士法人V-Spiritsグループ 中野裕哲氏

事務所名:

税理士法人V-Spiritsグループ

代表者:

中野 裕哲(起業コンサルタント(R)、経営コンサルタント、税理士、特定社労士、行政書士、CFP(R))

事務所エリア:

池袋

開業年:

2007年11月

従業員数:

約35名

Q.税理士業界の現状をどう認識しているか?

「SNSでぼやいている税理士が散見される通り、お客様の立場が上になってしまっているケースが多いですね。一般的な、いわゆる独占業務のみを取り扱っている税理士は特に、極端な言い方ですが”お前の事務所は確定申告なら幾らで出来るんだ”と上から目線で言われてしまうような、安値比較の対象でしかない存在になってしまっています。

インターネットの激安広告や紹介会社の存在も手伝って、安価なサービス提供に誘導される安値文化が形成されているように見えますね。ターゲティングも実施せず、USPも持たず、といった状態であれば、当然こういった価格競争に巻き込まれてしまうという事だと思います。価格偏重の経営戦略自体は昔から存在するものですし、価格競争に走るというのも変わらない構図ではありますが、税理士の多くは営業経験が少なく、駆け出しの時には自信もないので流されやすいという事はあるように思います。私はマンション販売の営業職を経験しているのですが、値引き枠の予算設定があるんですよ。ただし、これに手を付けるのは最後の売れ残り一戸に対してなどの最終手段で、容易にこの枠を使ってしまうのは営業力がない証左だと上司から叱られます。営業というものは本来そういうものではないでしょうか。

更に士業にありがちなのですが、プロダクトアウトのサービス展開が目立ちます。自身の得意なことを打ち出すのは良いのですが、世の中にどれほどニーズがあるのか、求められているのか、ジャンルも含めて疑問に思う内容を目にしますね。トライ&エラー自体は悪いことではありませんし、よくあるパッケージ化なども試してみるのは良いのですが、仕事が取れなければ結局は値下げする羽目になる。わざわざレッドオーシャン中のレッドオーシャンに踏み込むのは、悪手中の悪手かもしれません。

一方で、USPを自覚した上で効果的に打ち出せている事務所は上手くいっていますね。マーケティングの基本だと思うのですが、”御社でなければ駄目なんです”という理由がはっきりしていれば比較されません。レッドオーシャンも巧みに察知してジャンルをずらし、そこで拾ったニーズから入ってUSPを押し込んで、しっかりとポジションを取れています。」

Q.社労士業界の現状をどう認識しているか?

「社労士は明らかに増加傾向ですよね。私の資格取得は平成3年あたりでしたが、当時は書店でも社労士関連の本は数えるほどしか置いていませんでしたし、世間的な資格の認知度は低かったのですが、今や企業の人事部や事務職の方も有資格者であったりと溢れ返っている印象です。それだけに税理士業界と類似の現象が起きていて、社保手続きなど多くの事務所が提供しているサービスのみで勝負していると価格競争に陥ってしまいます。

会社経営というものは、突き詰めると”人”ですよね。にも関わらず、管理職経験のない社労士も多い。人材を配置したり評価したりといった経験がないものですから、経営者から社員の待遇や人事制度設計の相談を受けた際に、ニーズの真芯を捉えた対応が難しい訳です。依頼者からすると相談内容に法律との垣根はありませんし、労務には財務も深く関係しますので、フォロー範囲が広く難易度も高い。そうなるともう怖くて3号業務(※)には踏み出せなくなり、1号業務を主力に据えて厳しい価格競争に巻き込まれてしまうという現状があるようですね。

近年ではマイナポータルで簡単にできる社保関連の手続きも増えてきました。今後は更にマイナンバーカード機能が拡充されていくでしょうから、環境は増々厳しいものになります。どれだけ早くレッドオーシャンから抜け出せるのかがポイントではないでしょうか。」

※3号業務=労務管理や社会保険に関する相談又は指導/1号業務=行政機関に提出する書類の作成や当事者の代理人業務

Q.行政書士業界の現状をどう認識しているか?

「行政書士は他の士業資格と比較して何千種類もの業務があり、主力とするジャンルそのものが事務所によって千差万別ですので、最もマーケティング力が問われるのではないかと思います。分野を開拓するアイディアや発想、そしてリサーチ力が必要ですよね。士業の中では市場調査やニーズ分析が最も難しいので、成功されている方々は営業力やマーケティング力が高いという印象です。

行政書士業務に影響するものとして、最近freee許認可のリリースが話題になりましたが、どの業界でもある程度の機械化は想定内ですので、個人的には巷間で懸念されているほどの危機感は感じていません。例えばお掃除ロボットはすっかり定着しましたが、家事代行が廃業に追い込まれているかといえば、むしろニーズは増えていますよね。ダン・ケネディではありませんが、要はターゲットによってニーズは変わる、ターゲットの選択が適切であれば成り立つと私は考えています。」

Q.士業総合事務所の増加傾向をどう認識しているか?

「私もいわゆる総合事務所を経営している一人ですが、どの業界にも成長曲線と先行者メリットが存在することを実感しています。最初に変わったことをやる人間が出現して、先行者メリットで業界を順調に駆け上がる、それを見て次々に参入が始まり、次第にコモディティ化が進み、最後は価格競争になるという推移を辿りますよね。士業の総合事務所というスタイルについても同じことが言えるのではないでしょうか。

黎明期から成長期、それからピークに達して衰退期に入る訳ですが、その中で常に自分が今どのポジションに来ているのかを見定めて、ピークに達する前に次の波を掴んで成長のグラフを描かなければいけないと思うんですよ。これに照らせば士業総合事務所はまだ成長期の間に位置すると見ていますね。このスタイルが増えてきているのは間違いありません。しかし、これもいずれピークを迎えますので、見極めながらどこかで手を打たなければならないと考えています。」

Q.現状、貴事務所が永続できている要因はどこにあると考えているか?

「15年目になるのですが、そのつもりは無かったものの拡大していますね。最初は支店を作らないという方針でスタートして、月に1件のみ顧問契約を獲得するという目標を決めていたんです。逆に2件以上は取らない、これを線グラフにすると同じ角度を描きますよね。しばらくこれを続け、状況を見て1人採用するというタイミングで月の顧問獲得目標を2件にすると、グラフの角度が少し上がりますが同じく線で推移します。また時期を見て3人を採用する頃には目標を3件にしよう、といった感じで絶対に1:1の推移という訳ではありませんが、その時点の自分の器を絶対に超えない目標でなければならないと考えて経営してきました。色々な方の経営を理論的に分析してきましたが、実力以上のことを実行してしまうと、必ず自分に見合った位置まで下がる、落ちてきてしまうんですよ。ですから、常に自分の器を見極めながらグラフを描いています。

よく言われている”会社は経営者の器以上にならない”という点を意識していて、例えば自分が1~2年目の時にいきなり月に10件も20件も顧問を獲得していたとしたら、歪みが出ていたと思っています。もちろんそうではない方もいらっしゃるでしょうが、私は割と慎重なものですから、砂上の楼閣になるよりは1件1件を着実に掴むという方針で成長してきました。そういう性質の私が支店展開に手を出してしまうと恐らく制御が効かなくなるので、1ヶ所に絞って重点的に投資すると決めていましたね。

着実に1段ずつ階段を上ってきたから続いているという自覚がありますので、どこかで調子に乗ってしまっては絶対に危ない、とも思っています。」

Q.貴事務所経営のマーケティング・経営戦略の考え方と指針、業界のマーケティングに関する所見は?

「マーケティングが面白いのは正解がなく、何万通りもの手段がある所ですね。今からお話しする事も自分の方法というだけであって正解とも限らないのですが、私は”これは駄目だろうな”と思うことでも全部やってみることにしています。体験していないことを語りたくないので、全て1度はやってみるという体験主義です。無駄だと思っても一つの結果が得られますし、クライアントへのアドバイスにもなりますからね。

そうして色々な経験を積んだ上で業界を見渡すと、トレンドになっている手法の多くは自分が今まで実践してきた内容や、その亜種だったりしますので、実行しなくてもある程度の良否が見えるようになるんです。マーケティングはやはり経験なので、皆さん何でもやってみたら良いのではと思いますね。ウェブサイトは作らない、SNSも運用しないという方もいらっしゃいますが、楽しんでやってみたら良いのにと。私が営業職マインドだからなのか、一番面白いと思うのは”仕事が取れるかどうか”なんですよね。申告書の作成は大切ですが、間違っているかそうでないかの問題ですので面白くはない。それよりも、”こうやったら仕事が取れるんだ”といったことや、”こんな方が連絡をくださった”という出来事の方が楽しいので、そちらに注力をしてはどうかと思いますね。」

Q.貴事務所経営のDX化と業界のDX化についての所見は?

「この数年来、DX化が話題になることが多いせいか、どうやらクライアントは士業の事務所に対して法務や税務、労務の専門家であると同時に、ITの専門家でもあると完全に思い込んでおられる節があります。顕著なのは税理士で、電子帳簿保存法の存在は大きいですね。

同法の関連で申しますと、とある通信大手からDX化について税理士の生の声が知りたいというご依頼をいただきまして、リサーチしたことがあるのですが、一定年齢以上の方々は”もう廃業するしかない”と仰るんですね。地方の中小企業は自計化している割合が高く、導入しているシステムもそれぞれ異なるため、その企業の経理担当者や電算室担当の方にはとても太刀打ちができない一方、かなり小規模で全く何も対応できない企業は、逆にオンラインに関するインフラ全般を含む、あらゆる事を税理士に求めてくるので、とても勉強が追いつかないという事情があるようです。

とはいえ、DX化に関して海外に後れを取る中で、国としては士業に税務申告などを皮切りとした牽引役を望んでいるでしょうから、今後は避けられない分野ではあるでしょう。特にこの1~2年の間は大変かもしれませんが、そこをどうクリアするかという方法論については、外部の知恵を入れるか自社に対応可能な人材を投入するかの二択になりますよね。

RPAについては色々と検討した結果、当面は様子見に落ち着いています。UI/UXの仕様も含めたサービス構築について会計ソフト会社から相談を受けることも多いのですが、彼ら自身も最適解に悩むくらいの状況でしたし、メンテナンスの頻度を考慮すると現時点での導入はまだ早いと感じました。今はまだカスタマイズ前提の汎用性が高いものが主力ですが、もう少し世間的に浸透すれば会計事務所に特化したような使い勝手の良いものが出回る筈だという判断です。

一方で、自動記帳サービスなどの、導入が容易で比較的安価なツールは早く取り入れた方が良いですよね。そうすると、知識の深い人だけではなくスキャン作業をお願いできる人材が必要になります。システムも人も適材適所に配置できる選択眼が求められると思いますね。」

Q.貴事務所経営の採用と教育に関しての考え方と指針は?

「”最初からできる人”を入れない方針で、むしろ新卒や業界初体験の方を採用しています。現在の幹部メンバーも殆どが最初は未経験者です。有資格者の採用にも全く拘っていません。どの業界にも当て嵌まると思いますが、経験が長く仕事のやり方が完全に確立している方を受け入れると、余計な混乱が生じてしまうことがあります。むしろ真っ白な状態から自社のカラーに染める方が、既存スタッフが動き易いですし、お互いにストレスがなく良いと思っています。

企業文化って大切ですよ。育成担当が新人に教えて、その社員がまたインターンを育てて…といった風に、つながっていくのが企業文化ですから、違う色が混じると滅茶苦茶になってしまう。そういう意味で、1人目を採用する時点から、どういう企業文化にするのかを徹底的に考えて、それを伝えていくことを意識していましたね。」

Q.今後、士業事務所の採用、組織についてはどうなっていくか?

「採用にも正解はなく色々なやり方があるとは思いますが、単純に人口が減っていて、受験者数も減っていくであろう背景や、低価格化の市場傾向を鑑みると、有資格者にこだわり過ぎると損益財務の面から割に合わなくなるでしょうね。その点からもベテランよりも新人の方が採用し易いという事は言えると思います。」

Q.貴事務所が得意とする業務についての現状と未来予測は?

「元々起業支援からスタートしていますので、包括的な企業のお世話が得意で、既に別の顧問税理士と契約している企業からも個別に資金調達や補助金、助成金のご依頼をいただけるくらいにはお金周りにも強いです。これらの業務も順調ではあるのですが、今後は大企業向けのコンサルティングや研修にも注力していきたいと考えています。先ほど波のお話をしましたが、衰退期に入る前に先手を打っておきたいということと、業界的に大企業向けはブルーオーシャンなんですよね。士業があまり参入していないという点からマーケットを開拓できると思っています。

また、起業支援については形を変えるつもりです。起業支援はサービスの範囲が広いですし、常にニーズがあるので長く続く分野だとは思うのですが、今後は大企業の市場参加が加速すると予想しているためです。そうなると、淘汰されていく事務所も出てきてしまうと思うのですが、そこは上手く参入する大企業と手を組んで、協働できる方法を今考えていますね。」

Q.これから生き残っていける士業事務所の条件とは?

「繰り返しになってしまうかもしれませんが、実はもうある意味で正解は見えていて、市場調査や競合調査をした上でニーズを入口にする、ということですよね。マーケットインの目線を得るには、自分が実際に一度お客さんをやってみると良いと思います。私もやりましたよ。ターゲットの目線で見た上で何が必要かということと、これも繰り返しになりますが、レッドオーシャン・ブルーオーシャンの見極めとUSPの構築。

このあたりの基本を、基本通りにやれるかどうか、もうここだけだと思いますね。皆さん正解を求めますが、結局は愚直な話に収斂して、それ以外にはないんだと思いますよ。」

中野 裕哲 プロフィール

経営コンサルタント、起業コンサルタント(R)、税理士、特定社会保険労務士、行政書士、ファイナンシャルプランナー(CFP(R)、一級ファイナンシャルプランニング技能士)。

税理士法人V-Spiritsグループ(税理士法人・社会保険労務士法人・行政書士法人V-Spirits)代表。

起業家支援、経営者支援をライフワークとし、起業準備から起業後の経営まで、窓口ひとつでまるごと支援する「V-Spiritsグループ」を主催。「起業支援、経営支援を通して、この国を挑戦者であふれる国にしたい!日本を元気にしたい!」という理念のもと、年間約300件の起業相談を無料で受け、多くの起業家を世に送り出している。

日本最大の起業・経営支援ポータルサイト 経済産業省後援 DREAM GATEにて11年連続相談件数日本一。最優秀賞受賞他8部門受賞。All About「起業・会社設立のノウハウ」(オールアバウト社)、ネット銀行、会計ソフトなど大企業が運営する各種Webサイトなどで公式記事を執筆。著書・監修書は17冊、累計20万部超。その他、雑誌、新聞等の各種メディアにて起業に関して解説実績多数。起業・経営支援の最前線での支援経験に基づく独自の起業・経営ノウハウが好評を博している。

専門分野はビジネスプランのブラッシュアップ、事業計画書作成、融資・助成金獲得支援、事業再構築支援、税務会計、人事労務、会社設立、許認可等。その他にも、ブランディング、マーケティング、集客・販促などのアドバイス、人脈の紹介まで行う。