商業出版22冊の行政書士が考える商業出版と情報発信の未来:服部行政法務事務所 服部真和氏

商業出版22冊の行政書士が考える商業出版と情報発信の未来:服部行政法務事務所 服部真和氏

事務所名:

服部行政法務事務所

代表者:

服部真和(行政書士)

事務所エリア:

京都府京都市

開業年:

2009年9月

従業員数:

1名

Q.士業の書籍を含めた情報発信についてどう感じているか?

「士業に限らないのかもしれませんが、何のために発信をするのか考えるべきだと思います。SNSではそれを考えなくても良しとしている方々も散見されますが、私は賛成できません。もちろん、私自身も”常に固い話ばかりしていても”と敢えてギャップを狙った、砕けたツイートをすることもありますが、緩みっぱなしの発信をしている方も多いですよね。または弱音や愚痴、仕事の失敗談、経験が浅いこと、稼げていないといった内容など、自分を低く設定するような発信には、あまりメリットを感じません。

私は2009年の開業なのですが、その当時、色々な行政書士が発信している中で”この人の発信は凄い”と感じたのは横須賀さんを含めて二人だけでした。当時からお二方とも割とシビアな発信をされていて、特にマーケティングに関して横須賀さんが常々仰っているように、資格をどう使うかという視点に立たなければいけないということは、私自身が日頃から強く思っていることでもありました。ですが全般的には、”行政書士”という会社にでも入社したかのような意識の人が多かったという印象で、発信についても言い方は悪いですがいわゆるチラシの裏というか、憂さ晴らしのような内容が多く、もう少し相手に受け取ってほしい自分の価値をしっかり出したほうが良いのではないかと思っています。世界に向けて発信しているにも関わらず、あまりにも見られているという感覚が薄いのではないでしょうか。もちろん交流をメインとしたSNSの活用が悪いということではありませんが、自分のフォロワーしか自らの発信内容に目を通していない、などということは絶対にあり得ません。

書籍に関してですが、私は”どのようなビジネスが流行るのか”という観点で世の中を見ながら企画を考えています。企画書を作ることまではしなくても、次にどんな流れが来るのか出版社に聞かれた時に答えられるような感じです。例えばスマホアプリの契約書について書籍化したのも、出版社の話では私が最初だったようです。当時、ゲーム制作の現場では権利関係のトラブルが多発しているということを知っていました。あまり知られていませんが、京都はゲーム開発メーカーの下請けをしている小さな会社が多いんです。著名なゲームメーカーに対するスタートアップのような小規模な会社という関係では、契約が一方的なものばかりで上手くいっていないケースが多く、たくさんの相談に乗っていたのでニーズを感じていました。

民泊に関しても同じような感じで、実は京都は2014年よりも前から住居を改造した民泊のブームが始まっていて、一般的なインバウンドのピークが2016年か、その翌年あたりですから、非常に早かったんですね。京都で私は”民泊の服部”と言われることもありますが、ブームの前に役所と事業者の間に入って両者の悩みを調整し、形を作り上げていったからなんです。他にもネットビジネスやトランクルーム、特定遊興飲食店営業、空き家対策etc、書籍化したテーマは、京都や東京など全国でブームが広がっていますから、民泊も絶対に注目されるネタになると思っていました。

ですが、私がこうした流れを掴んで書籍化を打診するようなタイミングでは、出版社サイドでは、まだ早いと判断することも多いんです。書籍のテーマになるようなトピックは基本的にネットから始まり、次に新聞や雑誌が取り上げて多くの人が知るようになりますが、ビジネスの現場から見ると、この頃にはもう手遅れなんですよね。本当はネット上でザワついているくらいの時に刊行したいのですが、うまく折り合いません。民泊の書籍も住宅宿泊事業法の施行がなされて、ようやくOKが出ました。ネットにおける情報発信と、書籍における情報発信の鮮度の違いは意識しておくと良いと思います。」

Q.商業出版を決めた動機や背景は?

「行政書士になる前から出版に憧れていたというのがあって。企画書の存在も知らなかった20歳頃から、ライフスタイルに合わせた色々なジャンルで原稿のようなものはずっと書いていました。例えば音楽をやっている時であれば、R社から音楽関係で出版した場合のテーマを想定して書いてみたり、といった感じです。行政書士になった時には”行政書士の闇”みたいなのを書こうと思っていましたね。行政書士が主人公の漫画『カバチタレ!』がテレビドラマになって凄く流行ったことがありましたが、そのブームでたくさんの人が行政書士業界に参入して来てて、中には”業際的にアウトでしょう”みたいな人も多かったんですね。漫画によって行政書士の知名度が上がったり、行政書士が増えること自体は凄く良いと思っていたのですが、例えば刑事ドラマを見て憧れの刑事になったとしても、現実に街中で銃を撃ちたがる人はいないじゃないですか、行政書士も同じですよね。そういう切り口で書籍化したら面白いんじゃないかと思っていましたが、これは叶いませんでしたね。

しかし、開業して2,3年の頃、All Aboutという総合情報サイトにネットビジネスやスマホアプリの契約などの記事を書いていたところ、文章が書ける人材と繋がっておきたいといった主旨で三修社の編集をしている方と繋がることが出来て、これが出版のきっかけになりました。自身の名前で出したいものはあるか聞かれたので、それならとスマホアプリの契約書やITに関する法務など、いくつか要望したのですが、いきなりは無理だと一蹴されましたね。世間から見れば”お前は何者なんだ”と思われる訳です。コンテンツがいくら時代の流れに合っていたとしても、何者でもない人間が出した書籍は誰も読まない、あなた自身にコンテンツに対する信頼がないと。ただ、将来的には書きたいものを書かせてあげたい、ということで出版業界に信頼を付けるために、まずは”行政書士という肩書きなら信頼できる”と思っている業界に対して書いてみないかと「建設業関係」のテーマを提案してくれたんです。こうした経緯から、私のデビュー作は建設業の書籍なんですよね。建設業許可という内容なら行政書士も買うし、建設関係の事業者も買うという点で確実にニーズがあって、行政書士への信頼が厚いことも分かっているから無名でも売れるし、ある程度売れたら今度はあなたの名前で実績になる、と言われました。ブログや記事を書いてはいたものの当時は全く素人の文章で、読みやすい文章の書き方から指導を受けてなんとか一冊を書き上げましたね。このデビュー作の実績のおかげで2冊目には契約書の書籍を、3冊目にはネットビジネスやスマホアプリ契約書の書籍を出すことができました。

出版社や書籍業界に対して少しずつ個人の信頼残高みたいなものを貯めていったという感じです。因みに今、私が書籍を書きたいという人の相談に乗った時にも同じことをアドバイスするようにしています。

そこからは今までにお話したような世の中で流行りそうなものをコンテンツとして発信していくようになりましたが、最近、ようやく気づいたことがあります。例えば、2014年に出版した時に想定していたネットビジネスの多くって5年もすれば、もう廃れているんですよね。過去に出版した私の書籍の中には、今ではあまり役に立たないというものも多くあります。そこを反省して方向性を変えようと、今はいくつかの出版社に別のアプローチをしているところです。横須賀さんは最初からそこを見抜いておられたのかなと、スターとの差はここにあるんだなと(笑)。これまで出版社の意向もあって非常に的を絞った内容の書籍を時流に合わせてハイペースで出版してきましたが、今では逆に、読者の分母を広げられるような、極力自分のスキルを抽象化したコンテンツとして発信しようとしています。」

Q.商業出版の効果は?

「今のお話と矛盾するのかもしれませんが、特定分野の第一人者として見てもらえますので、価格競争に巻き込まれるようなこともないですし、全国からオファーが来るようになったというのは大きいかなとは思っています。いくらネットで情報発信をしていたとしても、地方で一般的な営業スタイルの活動をしているだけでは、そうそう他府県からの引き合いが来ることはないでしょうからね。京都の私に北海道やら九州から依頼が来るというのは有り難いことです。やはり書籍は信頼がありますし、競合と比較された時に”本を出していたから選びました”とお客さんが言ってくださることも少なくありません。今でも書籍には動画配信やSNSによる発信では勝てない信頼感があるようですね。

しかし、残念ながら出版業界も単純な数字信仰に傾いてきているという印象は受けます。これまでは質や権威性に価値を置いて他のメディアと一線を画していたように思いますが、出版社も今はとにかく売らないといけないんでしょうね。現実での実績や、発信内容に裏付けがないような、単にフォロワーの多い人などが著者候補になりやすくなっている印象を受けます。例えば、DX関係やDAO、メタバース、ブロックチェーン界隈も酷いものです。恐らく我々が同じテーマで書けと言われたら、現実での実績がないと無理ですよね。書く内容にしてもきっちり調べ上げますよね。資格者や法律に携わる人間の宿命だと思うのですが、いいかげんなことを言ってはいけないということがありますから。しかし、たまたまバズってフォロワーが増えましたという地に足のついていない人が、ネットで手当たり次第に調べたり著名人の発信を真に受けたりしたものをそのまま書いていることがあります。その点、法律分野で出版しているという実績は非常に大きな信頼だと思っていますので、お客さんも自信を持っていますよ。」

Q.士業の商業出版は今後どうなっていくと考えるか?

「電子出版も含めると、誰でも出版する時代が絶対に来ますよね。既に今そうなっているのかもしれません。これは出版に限らない文脈にはなるんですけど、これからは企業もそうですし個人事業や普通の経営者、会社員も含めて全員が全員、自分のコンテンツはこうですという発信ができるし、やらなければダメな時代になると思っています。マーケティング的に言うと機能的価値で勝負する時代は終わっていますので、共感であったり情緒的価値が大事と言っても良く、パーソナライズという文脈でも良いと思ってますが、とにかく”あ、私にはこの人が合ってる”と思わせることですよね。そのためには人間性が分からないといけませんので、それを一番表現できるのは、やはり情報発信という形だと思います。こういう話は、賛同してくれる行政書士の方は多くないのかもしれませんが、感度の良い一般企業の経営者なら皆さん絶対に分かってくれる話かなと。とはいえ、実は私もTwitterをはじめたのはほんの2年前なんです。逆張りが好きなので大勢がやっているのならやるまい、という気持ちがあったのですが、流石にこれはもう逃げられない、絶対に”1憶総コンテンツ発信時代”は来るから、そこに乗らざるを得ない、自分もコンテンツをきちんと発信していかなければダメだなと思ったんですよね。

出版についても同様で、もちろんトレンドに合わせることは売るという視点において大事なのですが、人間性をどこまでそこに盛り込めるかという時代にはなるのかな、とも思っていて。私も今年からはその方向性に切り替えていきますし、それによって新たにファンを開拓するという形ですよね。今までは読者という言い方でしたが、この人が発信するものを追いかけたい、というファンを作っていくということが士業にも絶対に必要だと思っています。例えばピーク時の民泊であれば、当時、自らの開業を半年遅らせてまでも私に依頼したいと言ってくださるお客さんがけっこういて、オーダーメイドのお店の順番待ちみたいな状態になっていたのですが、これは民泊の書籍を出版する時に意識して持論や価値観を入れていたからかな、と思うんです。私はホームページにも、ある意味でお客さんを篩にかけるために濃い思想を入れているんですよ。それを読んで”こいつ気持ち悪っ”て思う人であれば依頼していただかなくて良いわけですし、逆に”分かる!”と思ってくれる人に依頼して欲しいと考えているからなのですが、やはりそれを書籍で実現できたら勝ちと言いますか、最後はテキスト最強だと思っています。結局、価値観や思想を相手に飲み込んでもらうためには、動画配信やSNSって基本的に向こう側が受け身の状態じゃないですか。ですが書籍は受け手に能動的に行動してもらわないと届けることができないので、相手が能動的に行動を起こしてくれた媒体を通して自分の価値観や思想を飲み込んでくれるという状況は最強だと思うんですよね。」

Q.これから士業が生き残っていくために、書籍を含めた情報発信はどうすればよいか?

「noteの有料記事や、電子書籍の出版も全然OKだと思いますよ。課金して長文を読んでくれる訳ですからね。紙の書籍は更に物理的に重いものをわざわざ持ち運んでくれて、手に取って開いてくれるということはありますが。いずれにせよ相手が能動的に行動を起こしてくれた上で自分の考え方を飲み込んでくれるという情報発信を、士業全員とまではいかなくても、少なくともちゃんとブランディングしてきたという人にとってはやらない理由はないだろうと、なんでやらないんだろうと思いますね。

昨年、石川和男さんというビジネス書作家主催の出版コンペの運営をお手伝いしたことがありまして、有名出版各社の方が審査員で来てくださって、参加者の企画やプレゼンが良かったらその場で手を挙げてもらって”あなたの書籍を出します”というスタイルのものでした。これ幸いと私のTwitterで告知ツイートをしたのですが、1000人以上はいるであろう士業のフォロワーさん、なんとただの一人も応募して来なかったんですよ…これには驚きました。一度でも出版した経験のある人間からすると、まず編集者に自分の話を聞いてもらえる機会を得るということが、どれほど凄いものなのかという話ですからね。たとえその時はダメでも、そこでもう繋がりというか人間関係ができる訳ですから、以降はアプローチ次第ですぐに出版という流れになる可能性だってあるんです。

話を戻しますが、今はKindleでもnoteでも良いので、士業はもっと出版や発信というものに向き合った方が良いと思います。是非チャレンジして欲しいですね。そうすることで自分の頭の中にある知識や考え方、スキルなどが言語化しますので、結果的に書籍という形にならなかったとしても、その内容でセミナーを実施するなり経営者の前で話をするなりという形で、かなりレベルが上がると思います。まずは開業〇周年などの節目にでも、開業当初からの自分のスキルや人からお金をいただけるものは何があるのか、といったことを洗い出してみると良いのではないでしょうか。」

服部真和 プロフィール

1979年生まれ。京都府出身、中央大学法学部卒業。京都府行政書士会所属(常任理事)特定行政書士。日本行政書士会連合会(理事・デジタル推進本部 副本部長)。服部行政法務事務所所長。経済産業省認定 経営革新等支援機関。総務省電子政府推進員。ギター弾きとITコーディネータの兼業という異色の経歴から、行政書士に転向する。ソフトウェアやコンテンツなどクリエイティブな側面における権利関係を適切に処理する契約書や諸規程の作成を得意とし、アーティスト支援やスタートアップ支援を中心に活動。新規事業創出の場面を中心に、補助金や融資などの資金調達、経営改善、その他許可申請などの行政手続きを通して企業活動全般と法規制に関するコンサルティングを行っている。