パブリックアフェアーズと行政書士:academic works 行政書士事務所 黒沢怜央氏

パブリックアフェアーズと行政書士:academic works 行政書士事務所 黒沢怜央氏

事務所名:

academic works 行政書士事務所

代表者:

黒沢 怜央

事務所エリア:

中野区

開業年:

16年

従業員数:

5名

Q.行政書士の業界の現状をどう認識しているか?

「行政書士って大きく括ってしまうと、やっている仕事の内容も考え方もさまざまですから、私が把握している狭い範囲での話になりますが、話題の中心は「デジタル化」なのではないでしょうか。ただ、気を付けていただきたいのが、「デジタル化に対応できない士業は食えなくなる」といった話をしている方の「デジタル化」は「オンライン化」のことを指していることが多く、国の目指している方向性とも違いますので定義を正しく把握することが重要です。

要するに、今まで書類で申請していたものをただアップロードできるような形で電子申請できるようにすることがデジタル化ではなく、デジタル化とは、アナログの情報をデジタル形式に変換することを意味します。つまり、アナログ情報を数値化してデジタルデータとして保存することです。

デジタル臨時行政調査会作業部会第13回資料を見ていただくと国がどのような方向性を目指しているか分かりやすいかと思います。

第13回デジタル臨時行政調査会作業部会 PDF資料

本当にこのような形になるとするとアナログ情報を全てデータベース化して、あとはデータ連携を自動化させていく流れになりますから、手続きの代行という仕事は不要になります。

いきなり全てをデータベース化できるわけではないので、これからの10年を5段階ぐらいのフェーズに分けると、行政手続きの領域でもさまざま対応すべきことがありますので、行政の動向とも足並みを揃える形で展開していけば、あと10年ぐらいは常に作業的な仕事も存在すると思います。

ただ、行政手続きといっても、色んな種類がありますから、私たちが普段担当させていただくような専門性の高い複雑な行政規制の分野ですと、そんな単純ではありませんので、そのような分野においては、手続きの代行ということではなく、行政規制のアドバイザーとしての立ち位置が徐々に確立されるのではないかと思います。」

Q.現状、貴事務所が永続できている要因はどこにあると考えているか?

「まだ16年目ですので永続できているというレベルではありませんが、しいて挙げるのであれば、「行政法」を大事にしているという点でしょうか。

行政書士は、個別行政法規の担い手といってよいと思うのですが、私は「個別行政法規は常にブルーオーシャン」という認識でいます。

法律の改正自体は頻繁になかったとしても、施行規則レベルではある程度の頻度で変わりますし、もっといえば、通達やもっと細かな運用は常に変わっていきますので、最新の情報を常にアップデートしていく大変さはありますけど、個別行政法規は変化だらけで、その対応をする専門家の需要は常にあると思います。

そして、その個別行政法規を横串でさす理論が「行政法」なのですが、例えば、建設業法や入管法などの個別行政法規を専門とされてらっしゃる先生は多いのですが、基礎理論の「行政法」を重要視している事務所は少ないのだと思います。

「行政法」理論を実践しているからこそ、新しい個別行政法規を読み解くこともできますし、いち早く新規分野の開拓ができるということが強みです。

Q.デジタル化で活躍できる行政書士像は?

「以前エストニアのケルスティ・カリユライド前大統領が日本に来られて勉強会をしたことがあったのですが、その際に言われたのが、「デジタル国家はテクノロジーではなく、その周りの丁寧に作りこまれた法体系である」 (“Digital government is not about technology but carefully drafted legal system around it”)という言葉で、デジタル化をする際に重要なのは、それを可能とする土壌の整備、ルールをつくるということだとおっしゃってました。

ですから、デジタル化だから、何かシステムにものすごく詳しくならないといけないとか、プログラミングができるようになる必要があるとかそういうことではなくて、むしろこれほどまでにルールをアップデートしなければならない時代はなかったのではないかと思いますので、もっと本格的に行政規制、行政法規に向き合う専門家が増えないといけません。

私自身、行政規制とどのように向き合えばいいか、どうすれば直接的に関わることができるか模索しているタイミングで、2015年の航空法の改正、2018年の住宅宿泊事業法施行、に関わり、法律が作られるまでの過程、そして作られたあと、どういう過程で政令や省令、ガイドライン等が作られ、地方の条例策定に落とし込まれていくのか、また細かな運用の改善を要求する提言書の作成など、実際にやってみて、こんなことが出来るのかと実感しました。

そして、この頃にはじめて「パブリックアフェアーズ(public affairs)」という言葉を知ります。

従来型のロビイングのように自社の利益のために官僚や政治家に圧力をかける動きとは違い、パブリックアフェアーズやパブリックリレーションズという活動は社会を良くするためや、全体の公益を考えた上で規制をどう変えていくのかというアクションであったり、社会的なムーブメントを起こしていくという考え方に基づいています。

今までのTECH企業の手法って、とにかくスピードを上げてどんどん実行して既成事実を作り、なし崩し的に規制緩和させるというようなことが沢山あったじゃないですか。でも、テクノロジーや新しいサービスを社会に実装させていく方法もアップデートされていて、もっと真剣に社会に溶け込ませる方法を考える時代に突入しているのだと思います。行政ともコミュニケーションを取り続けながら、既存のルールと向き合いつつ進めていきますし、国民やユーザー、その他のステークホルダーも巻き込んで新たなルールを形成していくというやり方です。

先日、行政法学者の橋本博之教授とお話しさせていただいた際にも、行政書士はもっと公共政策分野で活躍ができるはずと言っていただきました。私もそのように考えています。」

Q.政策や規制(公共政策分野)に関わる専門家になるためには何が必要?

「まず、大学の法学部で教えることは、法解釈学であって、立法学、いわゆるルールメイキングについて学ぶ機会はほとんどありませんし、具体的なルールメイキングの手法を知っている人自体がごくわずかなのです。

私は、6年前に、行政規制に特化した形でルールメイキングや公共政策のサポートをする専門家の位置づけとして「戦略的行政法務」という言葉をつくりました。この言葉には私の思い入れが実はかなりありまして、政策法務や公共政策とも少しニュアンスが違います。

国会議員や官僚と私たちの立ち位置の違いは、あくまで私のクライアントは報酬を支払っていただける企業ですので、まずもってその企業を勝たせることが優先事項になります。

でも、そうはいってもその企業のビジョンに賛同できるかどうか、実現したい未来が、やはり自分にとっても、そしてきっと世の中にとってもすごく価値が高いんじゃないかと思えるものであれば、その実現のためにやれることがあります。ある意味では泥臭い、行政手続きの現場を知っているからこそ、そしてその規制に対する生の声をヒアリングできているからこそ、きめ細やかな政策を提案することができると考えています。

少しずつですが、政策や規制に関わる専門家を増やすための活動もしておりまして、「戦略的行政法務アカデミー」というグループワーク中心の勉強会も行っています。

そこでは、行政規制に特化したルールメイキングの手法や、ビジネスモデルの分析や法的スキームをどのように組み立てるかなど実践していただけるようにワークを通じて体験していただいています。

また、法律を変えなくてもできることが実はたくさんあるので、ルールメイキングのみならず、テクノロジーや新しいサービスを社会に実装するための方法を一緒に考えていただいています。

政策や規制(公共政策分野)に関わる専門家になるためには何が必要かと言われれば、まずは既存の制度に対する理解を正確にするということだと思います。なぜそのような制度が出来たのか歴史的背景を知らないとただ「自社のサービスを展開するために規制緩和してくれ!」ということになってしまいますから、行政も、そして社会を巻き込むことも難しくなってしまいます。

Airbnbが日本でも利用されるようになったとき、ホスト事業者の多くは、旅館業法や消防法といった規制をクリアしないまま利益を得ようとしましたし、住宅宿泊事業法が2018年に施行されるタイミングでも、規制を無視する事業者がかなり多くいました。こういうときによく聞くのが「海外ではこんな厳しい規制はない」とか「日本の法律が遅れている」という声です。

確かに日本の法律が遅れているという点は否めませんが、既存の制度や法律がなぜ出来たのか、海外と違い厳しくしていることで守られている利益は何か、過去の経緯を詳しく調べることが、新たな制度を提案する上でまず必要なマナーだと思います。

その上で、法律の変え方や、法律を変えなかったとしても実現できる国内の制度についても知ることが重要です。」

Q.これから生き残っていける士業事務所の条件とは?

「正直あまり生き残る、生き残らないということ自体を考えたことがないのですが、必要とされている仕事をするということだと思います。例えば、現在の技術を使えば、そんな面倒な手続きは不要で簡単にできる方法があるのだとすると、技術を使った方がいいですよね。仮にその手続きが今の仕事なのだとしても、もはや必要ないのですから手離す勇気が必要だと思います。

また、どんどん値減りする仕事をしていても苦しいだけです。値減りしているということは価値がどんどん薄くなっているということで、最終的には誰にでもできるものになるでしょうから、よほど仕組み化しない限りはビジネスにならないのではないかと思いますし、私たちがあえて行う仕事ではないと思います。

いくら払ってもいいからあなたにやって欲しい”と言ってもらえる仕事をやったほうが気持ちいいですよね。

これから自分自身の価値を誰に評価してもらえばいいのか本当に難しい時代になると思います。ある意味、自分の価値は自分で決める、そういう時代なのかもしれませんね!

私は、今の仕事を「テクノロジーの進化にともなって、同時に社会をアップデートさせる仕事」と理解していて、責任は重いですが、やりがいを感じる大好きな仕事です。

もっと多くの方にこの仕事の魅力を伝えていきたいですね!」

黒沢 怜央 プロフィール

株式会社ジーテック 代表取締役
academic works 行政書士事務所 行政書士
日本行政書士会連合会 デジタル推進本部 部員
日本行政書士会連合会 制度調査室 専門員
東京都行政書士会 特定行政書士特別委員会 副委員長
一般社団法人Govtech協会 監事

ドローンやシェアリングエコノミー、Govtech領域、スマートシティといった先端領域の法規制を専門とする。
2018年1月、行政規制に特化したテクノロジーサービスの社会実装支援を行う(株)ジーテックを設立、代表取締役に就任。先端領域の企業、業界団体の支援や、地方自治体のデジタル化のアドバイザー等を行う。