社労士界のパイオニアは、いま何を考える?:株式会社エスパシオ代表取締役 下田直人氏

社労士界のパイオニアは、いま何を考える?:株式会社エスパシオ代表取締役 下田直人氏

事務所名:

株式会社エスパシオ/社会保険労務士事務所エスパシオ

代表者:

下田直人

事務所エリア:

東京都豊島区

開業年:

社会保険労務士登録 2002年

従業員数:

Q.士業、社会保険労務士の業界の現状をどう認識しているか?

「過去と現在の対比をすると、今はAIだDXだと言っていますが、私が開業した2002年はインターネットやホームページの黎明期で、事務所のホームページがあると”凄いね”と言われた時代でした。横須賀さんもメルマガやってて凄いですねと言われましたでしょう(笑)。ですから根底に法律という共通するものがありますが、同じ社労士といっても今とは全く違うんじゃないかなという気がします。

ただ、私は昔から他の社労士さんがどうしているのかにしても、あまり興味がないんですよね、良いのかどうかは分かりませんが。ですから何となく漏れ聞くものはあっても、特別に研究したり、どこかをベンチーマークにしてずっと見ながらというようなことはありませんでした。横須賀さんからはスポットの就業規則をメインに打ち出したパイオニアだと言っていただけますが、これも別に細かくマーケティングをして実行した感じでもなく、半ば直感のようなものだったんですよ。今から並べる業務をやっておられる方を否定する意図は無いのですが、手続きや給与計算を一所懸命やっているというのは、社労士の仕事なのかなと感じてしまったんです。

仕事として考えると、これらをやって顧問先を沢山持って、職員を抱えてというのは当然ビジネスになる、それは分かります、もちろんそうなのですが、法律的に無理だとしても厳密に言えばそれは社労士でなくとも良いのではないかというね。私も横須賀さんも業界を知らずに仕事を始めている、試験に受かったからやったみたいな感じで、それが良い面もあって固定観念から入らなかった、縛られなかったからこそ出来たということもたくさんあるんでしょうね。」

Q.現状、貴事務所が永続できている要因はどこにあると考えているか?

「結構、色々と自由にやってきていまして、それこそ自分でやっていた事務所を大きくしていって、途中で合併して社労士法人になり、そこの役員をやりつつ、またそこから別れたりという…社労士法人の時には最大で35名くらい抱えていましたかね。ですから、ご質問の答えになっていないかもしれませんが、私はあまり拘りがないんですよ。その時その時で、お客さんから求められているんだろうなというものと、自分がやりたいなぁって思っているものの重なっている部分というのかな、それをずっとやってきたという感じなんです。

最初は就業規則を作るということをメインにしていて、当時は大企業や労働組合があるというケース以外、就業規則なんて誰も重要だと思っていなかったんですよね。法律で決まっているから取り敢えず作っておく、助成金に必要だから作っておくみたいな。でも私はその時に、待てよと、就業規則って色々と工夫していったら、もっと会社経営に役立つものになるよねと考えて、それを書いて小冊子にしたりしていたら、こいつ面白い奴じゃないかといって色々な所から注目が集まり、全国の企業から作成依頼をいただけるようになったんですよね。

恐らくあの頃は、社労士が自分の地域を越えて違うエリアの企業をお客さんにすることって、ほとんど無かったと思うんですよ。東京の人は東京のお客さんだけ、さいたま市の人は大体さいたま市やその周辺だけという時に、私は秋田県まで行ったり、その次の週には岡山県、その次は福岡県まで足を伸ばしていました。その中で段々と人事制度を作れないの?といったようにニーズが広がり出して、色々なことをお手伝いさせていただくうちにその会社が良くなっていく、でも、本当に会社がよくなっていくのは、経営者のあり方、哲学だよなって思うようになりますよね。結局、経営者がどうしたいかということで変わってくるんだなと。でもその経営者もどうすれば良いのか迷っているな、じゃあ経営者が上手くいくように導くには、ということでコーチングを学んだり、ずっと求められているものとやりたいものを形にしているという感じです。

営業に関しては、それこそ昔はメルマガをやって小冊子を配って、出版すれば読んでくれた方から問い合わせが来てという感じでやってきましたが、最近はもうほとんどが紹介で、営業らしい営業はしていません。お客様であったり税理士さんであったりのご紹介で仕事をいただいているという感じですかね。自分自身も振り返ってみるとそうだなと思うのですが、経営者って基本的に紹介ですよね、今でも。もちろんネットで調べたりもしますが、人のことで困っていたら仲の良い経営者に聞きます。そうすると相見積もりみたいな話にもなりづらいですし、これが1番だと思います。

ご紹介をいただくような、凄く太く信頼関係がある経営者の方々が14〜15名いるのですが、必ずしもビジネスで繋がっている訳ではないんです。始まりはビジネスだとしても、毎月1回は必ず食事をしたり、海外旅行に行ったりする関係で、1つのまとまりというよりは幾つかのグループに別れて繋がっているという感じですね。半分が私のお客様、半分はそうではない方々で、基本的に私がこの人とこの人を繋げたら何か良いことが起こりそうだなと感じたメンバーなんです。それはビジネスとして繋がるということもあるのですが、経営者同士であれば考えや悩みを上手く相談できるような関係になるんじゃないかなと思って繋げていった方々の集まりなんですよ。

お金になるんじゃないかという損得で集めた仲間ではない。でも結果的にはそれが人を紹介してくれたり、困った時にめちゃめちゃ助けてくれたりする仲間になっています。お金にならない付き合いをして意味があるのかなという考えもあると思いますが、例えば私はサラリーマン家庭でしたので、家族で経営者になったのは私が初めてだったんです。だから経営者という人種がどういうことをするのかが分からなかった。更に私が今お付き合いをしているのは、世の中的に有名というわけではないのですが、ある業界の商品取扱量が日本一だとか、中小企業ではあるけれども健全な経営をしていて、健全な利益も出していて、めちゃくちゃ安定している方々なんですよね。一緒に旅行に行くと、この方々とは24時間ずっと一緒にいる訳で、こういう時にこういう振る舞いをするんだなということが、凄く学べるんです。

これってお金の損得で言ったら赤かもしれませんが、ああそうか、安定した企業を経営している人たちって、こういうシチュエーションではこういうことをするんだな、こういう風に世の中に影響を与えているんだなということが四六時中体験できる訳です。凄いなと思うのは、普通1週間も旅行に行っていたら、結構イヤになってくる時があるじゃないですか。でも彼らは絶対に自分勝手にはならない、凄くお互いが尊重し合えている、こういう感覚的な理解が得られるんですよ。お土産1つ取っても、皆さんこれは社員に、これは誰それに買っていこうと選んでおられて、要するにこの人にはこうしてあげようと周りの人をことを常に考えておられるんだな、というような気付きも凄く多いです。本当に学ばせていただいていますね。

また、ビジネス的にも先に信頼関係を作るということは凄く大事で、その上でいただくお仕事というのは非常にやりやすいですよね。先にお仕事が決まってからとなると、お互いの人間性がよく判らない中で手探りに進めなければならなくなりますから。経営思想が近ければ具体論を調整することは難しくありません。

関連して、これまで私も色々なことを考えたり言ってきた訳ですが、やはり改めて社労士は”先生業”だと、先生でなければいけないと思っています。会社のことを思うのであれば、社長に対してこう変えてくださいと言わなければいけない仕事ですから、そこには信頼関係がなければいけませんし、そういうことができるポジションを保たないといけません。理屈で色々なロジックを知っています、知識を持っていますということではなく、結局この人の言うことだったら聞いておこうと思ってもらえるような存在でなければいけないと思うんです。

決定的にこのことを実感したエピソードがあって、具体的な情報は出せませんが、業界で知らない人はいないという著名な某国の元投資家の別荘に招待されて、敷地内を案内してもらったことがあるんです。その元投資家、仮にA氏としましょうか、A氏が仰るには、自分には本当に色々な人が訪ねて来るんだけれども、すぐには会わない、薄暗い部屋で大体15分から20分くらい待ってもらって、その後に会うんだと。そうすると、もう自分と会話をしなくても来訪者の悩み事は大体解決されているんです、という話をしてくださって、凄いなと思ったんですね。

私が目指すのはこれだな、と感覚的に理解した感じです。そのA氏は本当に凄いので、悩みを抱えて会いたいと訪ねて来る人は、その凄い人に会って何を相談しようと思いながら、待っている間にどうしようかと考えている訳ですよね。その時、恐らく来訪者の目の前に想像上のA氏が降りて来て、架空のコミュニケーションをしているんじゃないかと思うんですよ。自分がこう言えばA氏はこう仰るんだろうな、ということをしていると、答えが勝手に自分の中に浮かんでくるという話なんだなと。私は、士業の究極はこの域に達するという話じゃないかと思っているんですよ。」

Q.プロとしてのアイデンティティ、プロとしての条件とは?

「アイデンティティ的に社労士なのかコンサルタントなのかと聞かれると、答えとしてはイエスでありノーであり、2つ持っているみたいな話で、自分がお客さんのためにこうしたいなという目的に対する手段として、社労士があるという感じでしょうか。20年色々なことをやってきて、社労士をあまり打ち出さないほうが良いのかなと思ったこともありますが、今は1周回ってやはり社労士であろう、社労士という言葉を全面に出していこうとも思っていますね。

プロフェッショナルの条件は、もちろん専門性を持っているということがあると思います。その中で、先ほどの話ではありませんが、私はやはり”こいつの言うことなら聞いておこう”と思ってもらえるようなものが大事なんじゃないのかなと感じているんですよね。それは何かといえば、知識だけではそう思ってはもらえない、偉そうな言い方をしてしまえば、知識と人間性が合わさった、オーラでもないですがそういったものが、この人の言うことを聞いてみたい、信じてみようと思わせる総合的な要素なんじゃないかな。横須賀さんは一貫性だと言ってくださいましたね。

あとはやはり、結果を出すということが当然あると思います。ですが、その結果がどこなのかという話でもありますよね。お客さんは価値を見ているので、目の前の問題を解決して欲しいという話になるのですが、我々はもう少し俯瞰してしっかりと物事を見つめていって、先々どう繋がっていくのかということをゴールに、ちゃんと結果を出していくということではないでしょうか。例えば私は評価制度1つにしても、何のためにやるのかというお話は凄くしていて、そこが経営者の中で明確ではない、単に目先のことだけを解決したいということであれば受けない。一方で、一緒にやればもっと根本にあるものに気づいてもらえるなという経営者であればやるという選択をします。この判断の差は相手の能力の問題ではなくて、私の能力と器の差によるものなんです。

私が気づかせてあげられない人っていうのは、私の不足によって出来ない。だから私がもっと学ばなければいけないと思うことが一杯ありますね。」

Q.これから生き残っていける士業事務所の条件とは?

「ここまでのお話と重複してしまいますが、2つあると思います。1つはそれこそAIなどのITを駆使して作業をどんどん平準化していって、誰でも出来るようなものを一杯作っていって、事務所を大きくしていくということで、実際にそうされている事務所さんも沢山ありますよね。今はこの道を取りたいとはあまり思っていませんが、私が事務所を大きくしていこうという話ならこの方向性しかないと思っています。急に拡大路線へ気が変わるかもしれませんしね(笑)。

もう1つは、単に目先の人事労務のアドバイスをするということではなく、この先本当に経営者がどんな人生を送りたいのか、働いてくれている人たちと一緒にどういうものを作っていきたいのか、そういう本質的なやり取りができて、そこに寄り添っていける人なんじゃないかなと思います。」

下田直人 プロフィール

株式会社エスパシオ代表取締役
社会保険労務士事務所エスパシオ代表
特定社会保険労務士
健康経営エキスパートアドバイザー
原田メソッド認定パートナー

埼玉県生まれ。大学卒業後、一般企業に勤務し、2002年に28歳の時に独立開業。
当時、大半の企業で重要視されていなかった就業規則に着目し、就業規則を工夫することで会社を変革できることを提唱する。2005年に「なぜ、就業規則を変えると会社は儲かるのか?」を出版し、専門分野の書籍ながら大ヒットする。

その後、人が幸せに働き、組織として結果も出るメソッドを研究し、心理学、コーチング、東洋哲学などを学び、原田隆史氏の考案した原田メソッドにも出会う。
現在では、「組織開発×労働法」の視点で労務管理のアドバイスに留まらず、経営者のディスカッションパートナー、事業承継を伴走する「語りつなぎ🄬」、パーパス&バリューの作成などのサービスを手掛ける。

講演実績
厚生労働省、東京都、沖縄県、東京商工会議所、網走商工会議所、松下政経塾、全国信用金庫同友会、東京都社会保険労務士会、関西大学、獨協大学、大正大学、その他多くの企業、業界団体等多数

代表書籍
「新標準の就業規則」(日本実業出版社)
「人が集まる会社 人が逃げ出す会社」(講談社)
「幸せな会社の社長が大切にしていること」(大和出版)
「優良企業の人事・労務管理」(PHP)
「なぜ、就業規則を変えると会社は儲かるのか?」(大和出版)
その他多数